孫子兵法 勢篇(活用と教養のためのヒント)+曹操注

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こちらは孫子兵法「勢篇」の訳文および解説文です。まとめ・雑学・解釈の出典がわかる補足つきです。

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孫子兵法 勢編(巻中)

勢篇ではおもに個ではなく大勢の力で敵に当たることの大切さについて語られます。宋本十一家注孫子では勢篇・虚実篇・軍争篇・九変篇・行軍篇までの5篇が中巻に分類されています。

衆を治むること寡を治むるが如く

孫子曰、凡治衆如治寡、分數是也。闘衆如闘寡、形名是也。三軍之衆、可使必受敵而無敗者、奇正是也。兵之所加、如以碬投卵者、虚實是也。

孫子曰く、およそ衆を治むること寡(少数)を治むるが如くなるは、分數是れなり。衆を闘わしむること寡を戦わしむるが如くなるは、形名是れなり。三軍の衆、必(ヒツ・畢・ことごとく)敵を受けて敗なからしむべき者は、奇正是れなり。兵の加うる所、碬(碫・石)をもって卵に投ずるが如くなるは、虚實是れなり。

 要約 【まとめ】うまく事が進んでいる裏には、かならず裏付けや理由が有るのです。

 活用 【活用ヒント】成功するにはワケ(基盤)が有る。

 教養 ※勢編=篇名は「宋本十一家注孫子」では勢篇、「武経七書」系の孫子では兵勢第五、仙台藩の儒学者・櫻田景迪の校「古文孫子」では勢篇第五、銀雀山漢墓の竹簡孫子では埶(勢)となっています。

※必=ヒツ。必は畢(ヒツ・ことごとく)の誤りであろう(王皙の注)。竹簡孫子では必が「畢」。王皙の注の「畢」にくわえて張預の注で「皆受敵」とあり、畢の通りがよいが、必でも意味は通るので両方アリ(十一家注孫子校理の按)。

※碬=碬は石(孟氏・梅堯臣の注)。

※分數=部曲(部隊)を分けて、什伍(小隊)を数る(はかる・精査)こと(曹操の注)。分は分別のこと、数は人数のこと(杜牧の注)。人数を小分けすることで訓練や決断の効率を高めることができ、個々の小隊が精鋭であるから大勢でも少数のように治められる(陳皡の注)。兵を治めるの法では、1人は独といい、2人は比といい、3人は参といい、比(2)と参(3)で伍となり、その五人で列となり、二列(10)で火となり、5火(50)で隊となり、二隊(100)で官となり、二官(200)で曲となり、二曲(400)で部となり、二部(800)で校となり、二校(1600)で裨となり、二裨(3200)で軍となる。おのおのをよく統治して訓練を加えれば、その数100万の大軍になったとしても少数のように治められる(張預の注)。

※形名=軍旗を形といい、金鼓を名という(曹操らの注)。《軍政》にいう「言きこえぬときは鼓鐸(音・鳴り物)をつかい、見にくいときには旗をつかう」いまどきの戦は兵数も多いので、聞こえない見づらい場面は多多有る。ゆえに旗の形で前進や退却を指示し、金鼓の音を聞かせて行進や停止を指示する。これによって勇者の独断の前進、おびえる者の独断の退却をふせぐ(張預の注)

※奇正=先に出て合戦するのが正、後ろに出るのが奇(曹操の注)。敵に当たるのが正、傍らに出るのが奇(李筌の注)。動を奇とし、静を正とすれば、静(正)を以てこれを待ち、動(奇)を以てこれに勝つ(梅堯臣の注)。兵を以て義挙するがごとし(まっすぐ)は正、敵に合わせ変化で臨むのが奇(何氏の注)。奇正の説、諸家おなじきにせず、《尉繚子》にいわく「正兵は先を貴び、奇兵は後を貴ぶ」、曹操いわく「先に出て合戦するのが正、後ろに出るのが奇」、《李衛公問対》にいわく「兵を以て前に向かうを正と為し、後に却くを奇と為す」これらは正と奇についてはわかるが、どう変化させ循環させるか説明が足りない、唐太宗(李世民)いわく「奇を以て正を為すは、敵の視るを以て正と為らしめ、すなわち吾れ奇を以てこれを撃つ。正を以て奇を為すは、敵の視るを以て奇と為らしめ、すなわち吾れ正を以てこれを撃つ。一法(ひとつの手段)を混ぜ(混沌・混乱)、敵の測(予測)を莫(無)くさせしむ。」これが最も詳しい(張預の注)。総合しますと正と奇は受け手によって変わり、敵と異質のもので敵を撃つと言い換えることができ、正で奇を撃つ事も、奇で正を撃つ事も可能である。と捉えることができます。この陰陽太極の思想《易》にも通じる複雑さは孫子の本文でも後述されています。

※虚實=実に至るを以て虚に至るを撃つ(曹操の注)。この場合は石が実で卵が虚、実を以て虚を撃つ(李筌の注)。堅きをもって脆きを破るようなもの(梅堯臣の注)。充実を以て不足を撃つ。

奇正の変、勝げて窮む可からざるなり

奇正の解説画像

奇正はシンプルでだれにでも理解できますが、表裏一体で極めることは出来ません。これは陰陽思想の考えかたです。

凡戰者、以正合、以奇勝。故善出奇者、無窮如天地、不竭如江河。終而復始、日月是也。死而復生、四時是也。聲不過五、五聲之變、不可勝聽也。色不過五、五色之變、不可勝觀也。味不過五、五味之變、不可勝嘗也。戰勢不過奇正、奇正之變、不可勝窮也。奇正相生、如循環之無端、孰能窮之。

およそ戦は、正を以て合い、奇を以て勝つ。故に善く奇を出す者は、窮の無き(極まらない・限りない)こと天地の如く、竭き(尽きない・渇かない)ざること江河の如し。終わりてまた始まるは、日月是れなり。死してまた生ずるは、四時是れなり。聲(声)は五(五種類)に過ぎざるも、五聲(五声)の変は、勝げて(あげて・ことごとく)聴くべからざるなり。色は五に過ぎざるも、五色の変は、勝げて観るべからざるなり。味は五に過ぎざるも、五味の変は、勝げて嘗むる(なめる・味わう)べからざるなり。戦勢は奇正に過ぎざるも、奇正の変は、勝げて窮む(極める)べからざるなり。奇正は相い生じ、循環の端(端っこ・末端・おわり)が無きが如く、孰れ(たれ・誰・どれ)がこれをよく窮めんや。

 要約 【まとめ】戦いの仕組みはシンプルですが、それを知り尽くすことはできません。

 活用 【活用ヒント】シンプルなものを極めることは難しい。

 教養 ※日月=太陽と月の出入りをさす(李筌・杜佑・張預の注)。

※四時=ここでは勃興・荒廃・盛衰の移り変わりをさす(杜佑・張預の注)。

※五聲=五声。宮・商・角・微・羽(李筌の注)。これらは音階をさしていて宮をドとした場合、商はレ・角はミ・微はソ・羽はラにあたります。五声については《史記・律書》で触れられています。

※五色=青・黄・赤・白・黒(李筌の注)。

※五味=酸・辛・醎(しおから)・甘・苦(李筌の注)。

※戦勢=戦陣の勢、その運用の変化(張預の注)。

勢は弩を彍くが如く、節は機を發するが如し

激水之疾、至於漂石者、勢也。鷙鳥之疾、至於毀折者、節也。是故善戰者、其勢險、其節短、勢如彍弩、節如發機。紛紛紜紜、闘亂、而不可亂也。渾渾沌沌、形圓、而不可敗也。亂生於治、怯生於勇、弱生於彊。治亂、數也。勇怯、勢也。彊弱、形也。故善動敵者、形之、敵必從之。予之、敵必取之。以利動之、以卒待之。

激水の疾くして、石を漂わすに至るは勢なり。鷙鳥の疾くして、毀折に至るは節なり。是の故に善く戦う者は、その勢は険にして、その節は短なり、勢は弩(いしゆみ・クロスボウ)を彍く(ひく)が如く、節は機(弓の引き金)を發(発)するが如し。紛紛紜紜(ふんぷんうんうん。入り乱れる様)、闘乱して乱るべからず。渾渾沌沌(こんこんとんとん。無秩序な様)、形を圓く(円・丸く・陣形をつぎつぎに変化させるさま)して敗るべからざるなり。乱は治に生じ、怯(おびえ)は勇に生じ、弱は彊(強)に生ず。治乱は数なり。勇怯は勢なり。強弱は形なり。故に善く敵を動かす者は、これに形すれば(形・行動を示せば)、敵必ずこれに従う。これを予(あたえる)すれば、敵必ずこれを取る。利を以てこれを動かし、卒をもってこれを待つ。

 要約 【まとめ】勢をたくわえ節を短くして敵にあたります。

 活用 【活用ヒント】仕組みをコンパクトにすれば伝道の効率を高めやすくなります

 教養 ※勢=兵(軍)を用いて勢をゆだねる(曹操の注)。陣を形成してから建瓴の勢(高所から落とした勢い。建瓴という熟語は《史記・高祖本紀》《周礼》などで登場)で決するもの(李筌の注)。勢とは積勢の変なり、よくたたかうものは勢にゆだねて勝ちを取り、労さずに力するものなり(王皙の注)。兵勢をすでに成して、しかる後に勢にゆだねて勝ちを取る(張預の注)。充分に準備した力を解き放った勢い。

※鷙鳥之疾=鷙鳥は、しちよう・しちょう。鶴などをねらうような鷹や鷲などの猛禽類のこと。疾は素早いこと、疾風。鷙鳥之疾とは鷹や鷲が獲物を素早く捕獲するさま指す(杜佑・王皙・張預の注参照)。

※毀折=きせつ。毀はこわれる、やぶれるの意味。折はくじく、おれるの意味。毀折とはボロボロに砕けて壊れるさまを指します。毀折という熟語は《易経》《司馬法》などにも使われています。

※節=節とは節を量り遠近をよく把握して獲物を捕らえることで、ゆえによく毀折できる(杜牧らの注)。はりつめた節で物をくじく(梅堯臣の注)。節には節目・区切り・決まりなどの意味があって、狙いをよくつけることや狙いをよく把握することを指します。『鷙鳥之疾、至於毀折者、節也。』に関する注を総合すると、獲物を把握してから張り詰めたパワーで素早く攻撃するのでボロボロに砕くことができる。という意味になります。

※其勢險、其節短=勢が険であるとは、貯めた力を解放したときの瞬発力の威力をさし、節・ふしめが短であるとは、仕組みをコンパクトにして効率的に動作させることをさします。つぎの弩(クロスボウ)を例えに威力と仕組みをイメージさせる文が続いています。

※數・数=法制のこと(王皙の注)。上記の分数をさす(張預の注)。

※予=敵に餌して必ず取らせしむ。予と與(与)は同義(王皙の注)。

※卒=兵卒、多くの兵。武経系孫子では「本」。古文孫子では「率」。銀雀山漢墓の竹簡孫子は「卒」。兪樾(ゆえつ。清の考証学者)は「卒」を「詐」の誤りとした。軍争篇「兵以詐立、以利動」のように「詐」と「利」とを対言している(金谷治訳注:孫子を参照)。

善く戦う者、これを勢に求めて人に責せず

故善戰者、求之於勢、不責於人、故能擇人任勢。任勢者、其戰人也、如轉木石、木石之性、安則静、危則動、方則止、圓則行。故善戰人之勢、如轉圓石於千仞之山者、勢也。

故に善く戦う者は、これを勢に求めて、人に責せず、故によく人を擇して(選択、えらんで)勢に任ぜしむ(まかせる)。勢に任ずる者は、その人を戦わしむるや、木石を転ずるが如し、木石の性(性質)は、安(安定・たいら)なればすなわち静し、危(高い・傾き・不安定)なればすなわち動き、方(すみ・かど)なればすなわち止まり、圓(円)なればすなわち行く。故に善く人を戦わしむるの勢、圓石(まるい石)を千仞(高い)の山に転ずるが如くなる者は、勢なり。

 要約 【まとめ】うまい戦い方は個々に頼ることなく全体の勢いを大切にし、ためた勢いは瞬発力を発揮させてつかいます。

 活用 【活用ヒント】個々のがんばりよりも全体の勢いで押して楽に勝ちましょう。

 教養 ※千仞=仞は長さの単位。《新莽嘉量》規準で2300m級、魏尺《正始弩尺》規準で2400m級の山、つまり高い山のこと。詳しい補足は形篇の「千仞の補足」を参照してください。

曹操注(魏武注)本文と訳

勢篇
※ 曹操曰、用兵任勢也。

曹操曰く、兵を用いて勢を任せるものである。

孫子曰、凡治衆如治寡、分數是也。
※ 曹操曰、部曲爲分、什伍爲數。

曹操曰く、部曲(部隊)を分けて、什伍(小隊)を数る(はかる・精査)

 教養 ※數=数。

闘衆如闘寡、形名是也。
※ 曹操曰、旌旗曰形、金鼓曰名。

曹操曰く、旌旗(軍旗)を形といい、金鼓(ドラ・たいこ)を名という。

三軍之衆、可使必受敵而無敗者、奇正是也。
※ 曹操曰、先出合戰爲正、後出爲奇。

曹操曰く、先に出て合戦するのが正、後ろに出るのが奇。

 教養 ※戰=戦。

兵之所加、如以碬投卵者、虚實是也。
※ 曹操曰、以至實撃至虚。

曹操曰く、実に至るを以て虚に至るを撃つ(充実で空虚を撃つ)。

 教養 ※實=実。

凡戰者、以正合、以奇勝。
※ 曹操曰、正者當敵、奇兵從傍撃不備也。

曹操曰く、正は敵にあたり、奇兵は傍(かたわら・よこ)に従い不備を撃つものである。

 教養 ※當=当。※從=従。

五味之變、不可勝嘗也。
※ 曹操曰、自無窮如天地已下、皆以喩奇正之無窮也。

曹操曰く、「窮の無き(極まらない・限りない)こと天地のようであり」以下からこの文までは、みな奇正の窮の無き(極まらない・限りない)ことを喩(比喩)したものである。

鷙鳥之疾、至於毀折者、節也。
※ 曹操曰、發起撃敵。

曹操曰く、発起して敵を撃つ。

 教養 ※發=発。

是故善戰者、其勢險、
※ 曹操、李筌曰、險、猶疾也。

曹操、李筌曰く、険はなお疾のようなものである。

 教養 ※險=険。

其節短。
※ 曹操、李筌曰、短、近也。

曹操、李筌曰く、短は近である。

勢如彍弩、節如發機。
※ 曹操曰、在度不遠、發則中也。

曹操曰く、度かり在るは遠からず、発すればすなわち中る(あたる)ものである(短く整えれば自然と当てられる)。

紛紛紜紜、闘亂、而不可亂也。渾渾沌沌、形圓、而不可敗也。
※ 曹操曰、旌旗亂也、示敵若亂、以金鼓齊之。車騎轉而形圓者、出入有道、齊整也。

曹操曰く、旌旗を乱して、敵に乱れを示すがごとく、以て金鼓をこれに齊する(旗を乱して金鼓は整え敵を混乱させる)。車騎(戦車)を転がして形を圓く(かたちをまるく、陣形を変化させる)するものは、出入り道に有りて(道理にかなった行動をして)、齊整(斉整・整っている)なるものである。

 教養 ※亂=乱。※轉=転。※圓=円。

亂生於治、怯生於勇、弱生於彊。
※ 曹操曰、皆毀形匿情也。

曹操曰く、これらみな形を毀し(陣形をこわし油断させ)情を匿す(情報を秘匿する)ものである。

 教養 ※毀=キ。こわす、やぶる。

治亂、數也。
※ 曹操曰、以部分名數爲之、故不可亂也。

曹操曰く、部を以て名数を分けてこれを為す(隊の人数を整理する)、ゆえに乱れることにならないのである。

彊弱、形也。
※ 曹操曰、形勢所宜。

曹操曰く、形勢をよくする所。

故善動敵者、形之、敵必從之。
※ 曹操曰、見嬴形也。

曹操曰く、形(軍形・形勢)の嬴(エイ。みちる、充実)を見る(あらわす)ものである。

予之、敵必取之。
※ 曹操曰、以利誘敵、敵遠離其壘、而以便勢撃其空虚狐特也。

曹操曰く、利をもって敵を誘い、敵を塁(砦)から遠く離し、そしてその空虚と狐(うたがいあるところ)の特(特徴)に便する(便乗する)勢をもって撃つものである。

 教養 ※壘=塁。とりで。

以利動之、以卒待之。
※ 曹操曰、以利動敵也。

曹操曰く、利をもって敵を動かすものである。

故能擇人任勢。
※ 曹操曰、求之於勢者、専任權也、不責於人者、權變明也。

曹操曰く、勢にこれを求める者は、権を専任し(能ある人物に権をまかせ)、人に責せず(まかせず)とは、権の変を明らかにすることである(個人に任せないのは臨機応変のデメリット・全体がばらばらになることを案じてのこと)。

 教養 ※權=権。権力、臨機応変の処置。

任勢者、其戰人也、如轉木石、木石之性、安則静、危則動、方則止、圓則行。
※ 曹操曰、任自然勢也。

曹操曰く、自然にまかせた勢である。

(6、虚実篇につづく)