十一家注孫子(十家注孫子)曹操など注釈者11名の人物紹介

孫子関連

宋本十一家注孫子(十家注孫子)に注釈がまとめられている注釈者11人のプロフィールを紹介します。

スポンサーリンク

孫子注釈者11人とは

注釈者11人とは、

※ 曹操 - 魏(三国)
※ 孟氏 - 梁(南北朝)
※ 李筌 - 唐
※ 杜佑 - 唐
※ 賈林 - 唐
※ 杜牧 - 唐
※ 陳皡 - 唐
※ 梅堯臣 - 北宋
※ 王皙 - 北宋
※ 何氏 - 南宋(?)
※ 張預 - 南宋

の11名を指します。

曹操~張預を正式メンバーに、おまけとして《通典》から引用された杜佑の注釈もまとめた書が「十家注孫子」と呼ばれ、全員を正式メンバーとしたものが「十一家注孫子」でありまして、十家本と十一家本のどちらの書にも11人の注釈が掲載されています。おおざっぱに言うと十家注孫子も十一家注孫子も同じ内容の書物です。

この十一家注孫子(十家注孫子)という書物は、それぞれの注釈者がそれぞれに著した注釈本から、注釈を引用してまとめた孫子の注釈書です。音楽に例えると、同一テーマをもとに、各時代の名アーティストの曲をあつめたベストアルバム、オムニバスアルバム、コンピレーション作品のようなもの。とても便利なお徳用孫子です。

宋代から伝わる十一家注孫子(十家注孫子)は、おなじく宋代から伝わる「武経七書」の孫子と共に広く普及しました。

注釈者11人のプロフィール

以下は、注釈者11人の紹介文です。

曹操(そうそう)

曹操(155年~220年)、あざなは孟徳。おくり名は武皇帝、のちの世に魏武帝、魏武とも。最高位は後漢の魏王。いわずと知れた三国時代の英傑で、後の魏王朝の礎を築きました。孫子については注釈書を著し、後に伝わったその書の名は《魏武帝注孫子》と云われます(出典:七録、旧唐志13巻、新唐志3巻など)。用兵の実戦経験は豊富で成功実績も充分。注釈の特徴は「簡潔」。

《魏武帝注孫子》の注釈は宋代の十一家注孫子(十家注孫子)や、清代の孫星衍の宋本曹操注孫子(平津館魏武注本)などの形にまとめられ現代まで伝わっています。

孟氏(もうし)

孟氏。南朝(六朝)の梁の時代の人。孟氏の著した注釈書の名は、隋志に拠れば《孟氏解詁》、旧唐志と新唐志に拠れば《孟氏解孫子》《孫子兵法孟氏注》。孟氏の注釈の特徴は「簡略」で注釈の影響力も薄かったため、孟氏の注釈書は宋代の十一家注孫子(十家注孫子)掲載以後、早くに散逸。

関連:孟氏の伝記と著書リスト

李筌(りせん)

李筌。唐の開元(唐6代皇帝玄宗:713年~741年)から天宝(おなじく玄宗の時代:742年~756年)の時代の人。道教を研究し《陰符経疏》《太白陰経》の著書があり、最後は刺史の官に至る(出典:余嘉錫・四庫提要辨證・巻10第595頁)。奇門遁甲に関する《遁甲注成三巻》の著あり(出典:南宋の晁公武の郡斎読書志)。注に関する記述は新唐志、宋志、通志略、郡斎読書志、焦竑の國史経籍志などにあり。書は清代に至るまでに散逸。注釈の特徴は易や道家系知識にからめた具体例を挙げている点。

関連:李筌の伝記と著書リスト

杜佑(とゆう)

杜佑(735年~812年)、あざなは君卿。杜牧の祖父。旧唐志と新唐志に名あり。劉秩撰の《政典》を補い《通典》を著した。※《通典》とは古の黄帝から唐の玄宗の時代までの文化・法令・制度などについてまとめた百科事典のような書物で、兵についても掲載されていて、そこに孫子に関する注釈もあるという形になっています。

賈林(かりん)

賈隠林、または賈林。唐徳宗(唐12代皇帝の徳宗:在位779年~805年)の時代の人。昭義軍節度使の李抱真の門客。注に関する記述は新唐志、宋志、通志略などにあり。注釈の特徴は「すこぶる簡略」

杜牧(とぼく)

杜牧(803年~853年)、あざなは牧之。唐の詩人、文官。号は樊川。杜佑の孫。詩の大家でありながら孫子の注釈《唐杜牧注》も残す(出典:新唐志、宋志、郡斎読書志)。《唐杜牧注》には13篇のほかに「齊勇」「詳敵」の篇目があるなど特徴的なもの。注に関する記述は新唐志、宋志、郡斎読書志などにあり。注釈の特徴は「宏博(博識ひろし)」で戦史を多く引用している点。ただし文人であり用兵の実戦は乏しい所を陳皡に攻められる所と為った。

陳皡(ちんこう)

陳皡。唐の人。晁公武の郡斎読書志に云う「陳皡、以て曹公注の隠微(ぼんやりしたさま)、杜牧注の疏闊(そかつ。ぬるい、緩慢なさま)、之の注を更めんとす。」注に関する記述は新唐志、宋志、通志略、郡斎読書志、國史経籍志などにあり。

梅堯臣(ばいぎょうしん)

梅堯臣(1002年~1060年)、あざなは聖兪。宋史に伝あり。詩人で文官。《梅堯臣注孫子》の著あり(出典:清の徐松の四庫闕書目録)。注に関する記述は郡斎読書志、通志略などにあり。

王皙(おうせき)

王皙。北宋の第4代皇帝の仁宗(在位:1022年~1063年)の時代の人。あるいは曰く、北宋の第3代皇帝の真宗(在位:997年-1022年)の元号「天禧(1017年-1021年)」の時代の人で翰林学士の官に至り、《春秋通義》《皇綱論》を著した(出典:宋の襲鼎臣の東原録)。晁公武の郡斎読書志に云う「王皙は古本を校正し、また注もつけた」。注に関する記述は宋志、通志略、郡斎読書志、國史経籍志などにあり。書は清代に至るまでに散逸。

何氏(かし)

何氏。宋の人と見られるが宋志に記録はなく、南宋の晁公武の郡斎読書志に名あり。郡斎読書志に云う「其の名は未詳、近代(宋のちかくの時代)の人なり」。通志略では何延錫と呼称。行軍篇の何氏の注に「梅氏之説得之」とあり、これらを考慮すると、宋代の人で梅堯臣より後の世代の人と見ることができ、清の《孫星衍校孫子十家注》では何氏の注を梅堯臣・王皙の後ろ張預の前に配されています。注に関する記述は明と清代に至るまでに散逸。

張預(ちょうよ)

張預、あざなは公立。南宋(1127年~1279年)の時代の東光の出身。通志略に名あり。《百将伝》の著あり。注釈の特徴は一番後発の注釈者ということもあり、他と比較してひらたく、そして整然としています。

あとがき

それぞれの注釈者の人物を知った上で、あらためて注釈に触れてみると、また違った味わいが出てきます。シンプルな人、戦史を引くひと、得意分野になると長文になる人など、注釈を解説としてだけでなく、文章として観察していく楽しみもあります。孫子の本文に飽きたら11家たちの注釈にも触れてみてください。12倍孫子が楽しくなります。

注釈の質としては「十家の中では、杜佑、杜牧、梅聖兪(梅堯臣)、張預などのが平明である」(金谷治著:孫子・解説)と言われるように、これらの注が理解もしやすく、かゆいところに手が届く解説になっています。その他の注釈も、当時の文化や当時使われた熟語などを知ることができ、それぞれに違った価値があり、読み手の感じ方次第でどこまでも深く楽しむことができます。

※関連:孫子兵法(活用と教養のためのヒント)シリーズ - 十一家注の注釈をもとに解釈の云われを補足

※参考書籍:「十一家注孫子校理」/中華書局 ほか

タイトルとURLをコピーしました