孫子の言葉「兵は国の大事」の意味・活用ヒント・十一家の注釈を紹介します。名言・格言・熟語について、あれこれ触れていく教養・雑学コラムです。
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兵は国の大事 とは
「兵は国の大事」(ヘイはクニのダイジ)
意味 軍事・戦は国家にとっておおごとである。 解釈 軍事・戦は国家に負担のかかる行為であるから、よくよく考えて行動しなければならない。 出典 《孫子兵法・計篇(始計篇)》:孫子曰、兵者、國之大事、死生之地、存亡之道、不可不察也。孫子兵法を読むと、いちばん最初にあらわれる言葉が「兵は国の大事」です。
ここでの意味は、兵は「軍事・戦争」、国は「国家・国民」、大事は「大きな事柄」と解釈できます。解釈の根拠の一部として十一家の注釈紹介を後述します。
この言葉は孫子のテーマである兵(軍事・戦争)について国家を滅ぼしかねない「負担の大きい」ものだということを示し、だからこそ負担を大きくしないように良く考えて行動しなくてはならないと説いた文章の抜粋です。
いちばん最初の言葉なので、孫子を知る人なら誰もが覚えている言葉であります。ですから孫子のなかでも知名度の高い名言・格言だと言えるでしょう。逆に「兵は国の大事」と聞けば「あ、孫子だ!」と出典がすぐに思い浮かぶ言葉でもあります。
この有名な名言についてもう少し色々な角度から触れていきます。
兵は国の大事 活用ヒント
「兵は国の大事」
活用ヒント 競いごとは負担がかかること。 活用ヒント 負担が大きいことは良く考えて行動しよう。孫子に限った事ではありませんが、名言・格言・コツというのは抽象化すると異なる分野のヒントとしても参考になる場合があります。
「兵は国の大事」で言うと、兵(軍事)を「競いごと」とボカした言い方に変化させて捉えますと、競争要素を含んだスポーツやビジネスなどの違う分野のヒントとしても馴染ませやすくなります。
今回の「兵は国の大事」は要するに「行動するまえに良く考えよう」というレベルの単純な教えではありますけども、こういう基本的なものごとの積み重ねが大切なのでありまして、孫子も「誰もが知る基本を深く理解するものは勝つ」と同じく計篇のなかで説いています。
兵は国の大事 十一家注
「兵は国の大事」にまつわる注釈を十一家注孫子からご紹介します。以下のような注釈や他の文献などを受けて、足したり引いたりしながら解釈は成り立っています。
[一]孫子曰、兵者、國之大事、
杜牧曰く、伝(左伝注1※伝=この文面は《春秋左傳・左氏伝・成公十三年》を引いたものです。)に曰く「国の大事、祀(祭祀活動)と戎(いくさ、戦、軍事行動)に在り。」
※杜牧注の補足
傳(伝)とは春秋三伝(左氏伝・穀梁伝・公羊伝)をさしていて、ここでは上記の記述が有る《春秋左氏伝》をさします。《春秋左氏伝》とは魯の国を中心とした歴史(紀元前722年ごろ~紀元前468年ごろ)が記された書です。作者は不明、あるいは左丘明とも。成公十三年(前568年)は孫子が仕えた呉の国の初代の王「寿夢」の時代に当たります。寿夢は孫子が仕えた闔閭(6代目、在位、前514年~前496年)の祖先です。
孫子の生きた年代にちかい時代に「國之大事」として祭祀と戦をあげていることから、兵を「軍事・戦争」と解釈して誤りは無さそうだとわかります。魯は祭祀を重んじる国なので、戦と並んで祭祀が挙げられているのも印象的です。
張預曰く、国の安危は兵に在り、ゆえに武を講じて(考慮して)兵を練り、実(充実をはかること)を先務(先にすべき務め、急務)する也。
※張預注の補足
張預の注からも、ここでの兵は「軍事・戦争」と捉えて差し支えなさそうなことが分かります。国の防備に軍の充実は不可欠なものだと述べています。
[二]死生之地、存亡之道、不可不察也。
李筌曰く、兵は凶器にして、死生、存亡これに繋がり、これを以てこれを重くし、人の軽き行いを恐れるものなり。
※李筌注の補足
李筌の注では、兵は死生存亡に繋がることなので、これを重く見て、軽々しく行うものではないと述べています。
杜牧曰く、国の存亡、人の死生、みな兵に由(理由・原因)ありて、故にすべからく審察すべきなり。
※李筌注の補足
杜牧の注では、「人之死生」とある通り「人」の要素を加えています。この点から本文の「死生」を「国民の生き死に」を含むものと解釈して差し支えなさそうです。
賈林曰く、地は、なお所(地点)のごときなり、また師の陣の謂うに(2500人の部隊でいえば)、旅を振う(500人の部隊を指揮する)、戦陣の地なり(前線・局所の戦場)。それを得ればすなわち死、ゆえに曰く死生の地。
道とは、機に権を立てこれに勝つ道、これを得ればすなわち存、これを失えばすなわち亡、ゆえに曰く察せざる可からざる也。書《書経、尚書》に曰く「有存の道は、輔けてこれを固め、有亡の道、推してこれを亡う。」
※賈林注の補足
賈林の注では、「死生之地」を兵士の生き死にと解して軍事被害のことだと述べています。この点から「軍人の生き死に」を含むものと解釈して差し支えなさそうです。
また書《書経、尚書》の記述を引用して熟慮と慎重さが大切だと述べています。《書経、尚書》とは君臣の心構えに関することが記された書です。
梅堯臣曰く、地有るは死生の勢、戦有るは存亡の道。
※梅堯臣注の補足
梅堯臣の注では、土地を有しているのは死生の起こりうる形勢(争いが起きうるかたち)、戦は滅びにつながりうるものだと述べています。
王晳曰く、兵を挙げるは、すなわち死生、存亡これに繫ぐ。
※王晳注の補足
王晳の注でも挙兵は死生存亡に繋がることだと述べています。
張預曰く、民の死生をこれに兆すとき、すなわち国の存亡を彼に見る。しかるに死生に曰う地、存亡に曰う道とは、死生を以て勝負の地在りて、存亡を得失の道に繋ぐものなり、重く慎して審察を得ずや?
※張預注の補足
張預の注でも、国の存亡、民の死生というワードを使っています。国家国民に危険があれば、存亡を彼(敵)から知る、つまり彼我の状態を比較して見通すものだと述べています。
さらに「死生之地」を勝負の地、「存亡之道」を得失の道に繋がるものだとして、重く見て疎かにしないで審察(詳しく察する)しない手など無いものだと述べています。
■脚注リスト(本文ボタンで該当箇所にジャンプ)
1. | 本文へ | ※伝=この文面は《春秋左傳・左氏伝・成公十三年》を引いたものです。 |