【将帥について】太平御覧の孫子注2《太平御覽・兵部三・將帥上》より【訳】

太平御覽(たいへいぎょらん)の孫子とその注釈を紹介します。

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今回はそのなかの《孫子》についての記述を抽出してご紹介します。「兵部三・將帥上」では【将帥】をテーマに孫子の記述が抽出されています。

関連:太平御覧の孫子1 / 孫子全訳 / 十一家注本シリーズ / 十一家注の注者11人の紹介

 目次

太平御覧の孫子2《太平御覽・兵部三・將帥上》巻272

【凡例】便宜的に見出しをつけ、それぞれの見出しごとに原文・訳文・意訳・補足を附しています。原文は句読点、引用符、情緒符号が附されたものです。

【御覧孫子の特徴】本文と注釈の多くは原典や類書からの単純な引用なのですが、細部に差異が見られ、その異なる部分に注目して楽しむことも出来ます。

御覧の孫子2【計篇・始計篇】の部分

【計・始計】将とは、智・信・仁・勇・厳なり

孫子曰、將者、智信仁勇嚴也。
 訳 孫子曰く、将とは、智・信・仁・勇・厳なり。

※御覧注=なし

 意訳 孫子曰く、将には智・信・仁・勇・厳の五つの徳があります。

※御覧注=なし

 古典ぱんメモ  これは五事とよばれる道・天・地・将・法のうちの「将」についての説明文です。智・信・仁・勇・厳は、《十一家(十家)注孫子》の曹操注では「よい将に備わっている五徳」としています。

梅堯臣注では具体的につぎのような能力のことであると注釈しています。

  • 智はよく謀を発す
  • 信はよく賞罰す
  • 仁はよく衆附く(つく) →多くがつき従うこと
  • 勇はよく果断す
  • 厳はよく威を立む(さだむ) →厳威・権威などの効力でチームをピリッとまとめる
王皙注ではさらに具体的に注釈しています。
  • 智者、先を見て惑わず、よく謀慮・権変に通ずものなり
  • 信者、号を一にせしむものなり →規律正しいこと
  • 仁者、恵撫・惻隱し、人の心を得るものなり
  • 勇者、義に徇い(したがい)懼れず(おそれず)、よく毅き(つよき)を果たすなり
  • 厳者、威厳を以て衆心を粛す
張預注では五徳を備えると次のような効果を持つことになると注釈しています。
  • 智は乱すべからず →智者は乱すことがない
  • 信は欺くべからず →信者は欺くことがない
  • 仁は暴くべからず →仁者は暴くことがない
  • 勇は懼るべからず →勇者はおそれない
  • 厳は犯すべからず →厳者は(罪を)犯すことがない
 教養 ※謀慮=ボウリョ。計謀や策略のこと、はかり考えること《韓非子・亡徴》→法禁を簡にして、謀慮を務め、封内を荒にして、交援を恃むものは亡ぶべきなり。(内をおろそかにして小手先の手段で利を求めるものは亡ぶ。)ほか《管子・霸言》《漢書・辛慶忌伝》《後漢書・伏湛伝》などにも登場。

※権変=ケンペン。情況に応じた行動、臨機応変の処置、または詐術。《史記・張儀伝論賛》→三晋、権変の士多し。

※恵撫=ケイブ。めぐみ、いつくしむこと。《史記・律書第三》→今陛下の仁は百姓を惠撫し、恩澤を海内(天下のこと)に加う。ほか《三國志・蜀書・諸葛亮伝》《魏書・太武五王列伝・東平王翰》などにも登場。

※惻隱(孟子→怵惕惻隱之心)=ソクイン。あわれみいたむ、痛ましく思うこころ。《孟子・公孫丑上》→いま人乍(にわか)に孺子(ジュシ、幼児)のまさに井(かわず、井戸)に入ちん(墜ちん)とするを見れば、みな怵惕(じゅってき、おそれあやぶむこと)惻隱の心あり。《孟子集注》→惻は傷みの切なるなり。隱は痛みの深きなり。

御覧の孫子2【作戦篇】の部分

【作戦】国家安民の主

故知兵之術、人之司命、國家安民之主也。
 訳 故に兵の術を知るは、人の司命、国家安民の主なり。

※御覧注=なし

 意訳 ですので用兵術を知る知らないは、人の命を司り、国家国民の運命を左右するものです。

※御覧注=なし

 古典ぱんメモ 

※知兵之術=十一家(十家)注本、武経本ともに「知兵之将」(兵を知るの将は)

※人之司命、國家安民之主也=十一家(十家)注本では「生民之司命、國家安之主也」。武経本・《潜夫論》《通典》では「之司命、國家安之主也」

御覧の孫子2【謀攻篇】の部分

【謀攻】将は国の輔

將者、國輔。輔周、則國必強、(將周密謀不泄也。
 訳 将は、国の輔。輔、周なれば、すなわち国かならず強く、

※御覧注=将、周密なれば謀、泄せずなり。

 意訳 将は国のたすけ。たすけが行き届いていれば国は強く、

※御覧注=1、将の注意が行き届いていれば謀が漏れることがない。2、将との仲が密であれば謀が漏れることがない。

 教養 ※輔=ホ。
1、車の添え木。《説文解字》→輔は春秋伝に曰く、輔車相依ると。
2、補佐。《楚辞・離騒》→民徳を覧て、輔を錯く。《王逸の注》→輔は佐なり。
3、友。《礼記・学記》→是を以て師輔を離れると雖も、而して返らず。《鄭玄の注》→輔はすなわち友なり。

※周密=シュウミツ。注意のゆきとどいていること。《漢書・宣帝紀》→樞機周密にして、品式備具す。

※樞機=スウキ。枢機。
1、からくり器械、または物事の要の比喩《易・繫辭上》→言行は、君子の樞機、樞機の發は、榮辱の主なり。《王弼の注》→樞機は制動の主。《孔穎達の疏》→樞は戶樞(戸の開閉軸)を謂う、機は弩牙(弩のひきがね)を謂う。
2、政権の要職《漢書・劉向伝》《三國志・蜀書・來敏伝》など。

 古典ぱんメモ  この御覧の注釈は、曹操(魏武)の注を引いたものです。(曹操曰、將周密謀不泄也。)《十一家注孫子》

【謀攻】輔に隙あれば則ち国かならず弱し

輔隙、則國必弱。
 訳 輔、隙あれば、すなわち国かならず弱し、

※御覧注=なし

 意訳 たすけに間隙があれば国は弱くなり、

※御覧注=なし

 古典ぱんメモ  輔については上記の補足を参照してください。

【謀攻】軍の患うる所以の者に三あり

又曰、故君之所以患於軍者三。三者何也?曰、不知軍之不可進而謂之進、不知軍之不可退而謂之退、是謂縻軍、(縻、御。
 訳 また曰く、故に軍の患うる(うれうる)所以の者に三あり。三とは何ぞや? 曰く、軍の進むべからざるを知らずしてこれに進めと謂い、軍の退くべからざるを知らずしてこれに退けと謂う、これを軍を縻すと謂う。

※御覧注=縻は御。

 意訳 またこのようにも曰く、ですから軍について心配すべきことに三つの注意点があります。その三つとは何でしょうか? それは、1に進んではいけないことを知らずに進めと主君が命令すること、2に退いてはいけないことを知らずに退けと主君が命令すること、これは軍をしばって自由を奪うというものです、

※御覧注=ここでの縻は軍をいたづらに制御すること。

 古典ぱんメモ  この御覧の注釈は、曹操(魏武)の注を引いたものです。(曹操曰、縻、御也。)《十一家注孫子》

【謀攻】軍中の事を知らずして軍中の政を同じうすれば

不知軍中之事而同軍中之政、則軍士惑也、不知三軍之任權而欲同三軍之任、則軍事覆疑。(不得其人也。
 訳 軍中の事を知らずして軍中の政を同じうすれば、すなわち軍士は惑うものなり。三軍の任権を知らずして三軍の任を同じうすれば、すなわち軍事の疑を覆す(くりかえす)。

※御覧注=其れ人の得ざるものなり。

 意訳 軍の事情・情況を知らないのに主君が将軍と一緒になって軍を運用しようとすれば、部下を惑わすことになります。軍の指揮について知らないのに主君が将軍と一緒になって軍を指揮しようとすれば、軍事の疑念や不確かな指令をいたづらに繰り返すことになります。

※御覧注=将軍にとって得たくもない邪魔者。

 古典ぱんメモ  この御覧の注釈は、曹操(魏武)の注を引いたものです。(曹操曰、不得其人也。)《十一家注孫子》

※不知軍中之事而同軍中之政、則軍士惑也=この句、十一家(十家)注本や武経本などの原典では「不知三軍之事、而同三軍之政者、則軍士惑矣。」となっています。(3、大軍の用兵を知らずに兵を運用すれば部下を惑わすことになる。)

【謀攻】軍を乱して勝ちを引く

三軍既惑且疑、則諸侯之難至矣、是謂亂軍而引勝、(引、奪也。
 訳 三軍すでに惑い且つ疑うとき、すなわち諸侯の難至る、これを軍を乱して勝ちを引くと謂う。

※御覧注=引は奪うなり。

 意訳 軍が惑って疑うのであれば、諸勢力に狙われることになります。これを軍を乱して自らの勝利を消すといいます。

※御覧注=引くというのは奪うこと。

 古典ぱんメモ  この御覧の注釈は、曹操(魏武)の注を引いたものです。(曹操曰、引、奪也。)《十一家注孫子》

【謀攻】勝を知るに五あり

故知勝有五、知可以戰與不可以戰者勝、識眾寡之用者勝、上下同欲者勝、以虞待不虞者勝、將能而君不御者勝。(司馬法曰、進退惟時、無白寡人。
 訳 故に勝を知るに五あり、以て戦うべきと以て戦うべからざるを知るものは勝つ、衆寡の用を識るものは勝つ、上下の欲を同じきにするものは勝つ、虞を以て不虞を待つものは勝つ、将の能くして君の御せざるものは勝つ。

※御覧注=司馬法曰く、進退を惟る(おもんみる)とき、寡人の白す(もうす)こと無し。

 意訳 そのようなことを踏まえまして、勝ちを知るのに五つの事柄があります。1、戦うべきと戦うべきでないことを熟知すれば勝つ。2、多いときと少ないときの用兵を熟知すれば勝つ。3、上下の意志に折り合いをつけて同じくすれば勝つ。4、謀をめぐらせて準備を整えて敵の不備をつけば勝つ。5、将軍が有能で主君が邪魔をしなければ勝つ。

※御覧注=司馬法に曰く、進退を考えるとき、能力の乏しい人は口を挟まない。

 教養 ※寡人=カジン。(何かが)すくない人。ここでは能力の乏しい人と解釈。

 古典ぱんメモ  この御覧の注釈は、曹操(魏武)の注(司馬法の引用)を引いたものです。(曹操曰、司馬法曰「進退惟時、無寡人」也。)《十一家注孫子》

曹操注の「曰」は言う、御覧の「白」は申す、と解釈(訓読)することができ、意味としては同じものです。

【謀攻】勝を知るの道

此五者、知勝之道。(此上五事。
 訳 この五者は、勝を知るの道。

※御覧注=これ上の五事。

 意訳 この五つの事柄が、勝利を知る方法です。

※御覧注=上記の五つのこと。

 古典ぱんメモ  この御覧の注釈は、曹操(魏武)の注を引いたものです。(曹操曰、此上五事也。)《十一家注孫子》

【謀攻】彼を知り己を知れば百戦して殆うからず

故曰、知彼知己、百戰不殆。不知彼而知己、一勝一負、不知彼不知己、每戰必殆。
 訳 故に曰く、彼を知り己を知れば、百戦して殆うからず(あやうからず)。彼を知らずして己を知れば、一勝一負、彼を知らず己を知らざれば、戦う毎(ごと)に必ず殆うし(あやうし)。

※御覧注=なし

 意訳 まとめますればこのように言う事が出来ます。相手のことを知り自分のことを知れば、100回戦っても危険は無い。相手を知らず自分を知れば、勝率5割。何も知らなければ、戦うごとにすべて危険。

※御覧注=なし

御覧の孫子2【九変篇】の部分

【九変】軍を合し衆を聚め

又曰、凡用兵之法、將受命於君、合軍聚眾、汜地無舍、(無所依也。
 訳 また曰く、およそ用兵の法は、将、命を君より受け、軍を合し衆を聚め(あつめ)、汜地に舍まる(とどまる)こと無く、

※御覧注=依り所の無きことなり。

 意訳 またこのようにも曰く、用兵の方法というものは、将が主君から命を受けて、軍をあつめて編成し、汜地に拠点を設けず、

※御覧注=よりどころ無く地の利のないところにとどまらないこと。

※汜地=シチ。
1、治水の及ばない川、複雑な形の川のこと。《説文解字》→汜は水別れて復た水に入るなり。
2、はけ口のない水たまりのこと。《説文解字》→一に曰く、汜は窮瀆なり。《張揖 広雅(爾雅)・釈丘》→窮瀆は汜。《爾雅注疏 邢昺疏》→困窮して通ぜざるの瀆(けがれ)水を謂いて、汜と名づくるなり。

 古典ぱんメモ  この御覧の注釈は、曹操(魏武)の注を引いたものです。(曹操曰、無所依也。水毀曰。)《十一家注孫子》

※汜地無舍=十一家(十家)注本、武経本では「地無舍」。

※圮=ヒ。崩れる、やぶれるの意味。《説文解字》→圮は毀なり。

※圮地=ヒチ。決壊した氾濫川のこと、またはなにかが決壊した困難な情況をあらわしたさま。《十一家注孫子 曹操注》→水毀る(やぶる)を圮と曰う(いう)。

【九変】衢地には交わり合し

衢地合交、(結諸侯也。
 訳 衢地には交わり合し、

※御覧注=諸侯と結ぶなり。

 意訳 衢地(ひらけたところ)では外交し、

※御覧注=諸勢力と結ぶ。

 教養 ※衢地=クチ。四方に通じた地、開けた土地、または道。《説文解字》→衢、四達これを衢と謂う。《大戴礼記・子張問入官》→必ず四面の衢に於いてす。《その注》→衢は四達の道。《孫子・九地》四達は衢地なり。

 古典ぱんメモ  この御覧の注釈は、曹操(魏武)の注を引いたものです。(曹操曰、結諸侯也。)《十一家注孫子》

【九変】絶地に留まること無く

絕地無留、(無久止也。
 訳 絶地に留まること無かれ、

※御覧注=久しく止まること無きなり。

 意訳 絶地・本国を離れた土地では長く留まらず、

※御覧注=ながく留まることの無いこと。

 教養 ※絶地=ゼッチ。本国を離れた土地。《孫子・九地》→國を去り境を越えて師あるものは絶地なり。《銀雀山漢墓 竹簡孫子》→國の竟(さかい)を越こえて師あるものは絶地なり。

 古典ぱんメモ  この御覧の注釈は、曹操(魏武)の注を引いたものです。(曹操曰、無久止也。)《十一家注孫子》

【九変】囲地には謀すること無く

圍地無謀、(發奇兵也。
 訳 囲地には謀すること無く、

※御覧注=奇兵を発するものなり。

 意訳 囲まれた状況下(局地)で謀略(大局)をめぐらすことなく、(的外れな行動)

※御覧注=戦略ではなく、奇兵を繰り出すなど戦術的な行動をとるもの。

 古典ぱんメモ  この御覧の注釈は、曹操(魏武)の注を引いたものです。(曹操曰、發奇兵也。)《十一家注孫子》

※圍地無謀=原典では「圍地謀」。「謀らない」と「謀る」で逆の意味に解釈できます。《十一家注孫子》の注釈では各家「謀」を奇謀をめぐらすことと定義しています。御覧の謀は大局謀、原典の謀は局地謀と受け取るならば、つまるところ両者の言わんとしている意味はおなじものとも解釈できます。あるいは御覧の誤植である可能性も否定できません。

【九変】途に由らざるところ有り

死地則戰。途有所不由、(死難之地所不當從也、不得也。
 訳 死地にはすなわち戦う。途(みち)に由らざる(よらざる)ところ有り、

※御覧注=死難の地、当らざる所の従うや、得ざるなり。

 意訳 どうにもならない死地では勇戦します。道には通ってはならない道があり、

※御覧注=危ない地で向かってはいけないところに行けという命令には、従うことが出来ないこと。

 古典ぱんメモ  この御覧の注釈は、曹操(魏武)の注を参照・引用したものと考えられます。(曹操曰、難之地、所不當從、不得已従之、故爲變。)《十一家注孫子》。または杜佑の注を参照・引用したものとも考えられます。(難之地、所不當從也、不得已従之、故爲變也。道雖近而中不利、則不從也。)《通典》

隘と阨は「せまい」という意味。両者、狭い道のなかでは自軍は不利なので、行けと命令さても従うことができない、という注釈です。

※途=原典では「塗」、意味はおなじ「みち」のこと。

【九変】軍に撃たざるところ有り

軍有所不擊、(軍難可擊。以地險難、不留之失前利、若得之、又利薄。
 訳 軍に撃たざるところ有り、

※御覧注=軍の撃つべくこと難し。地の険を以て難く、利を失う前にこれに留まざれば、もしこれを得ても、また利は薄し。

 意訳 軍には攻撃してはいけない軍があり、

※御覧注=倒すことが難しい情況のこと。敵が地の利を得ていれば攻撃することは難しく、自軍が先に地の利を得ぬままに粘ってみても、仮に倒せたとして被害多く利益は薄いものです。

 古典ぱんメモ  この御覧の注釈は、曹操(魏武)の注を引いたものです。(曹操曰、軍難可擊、以地險難久、留之失前利、若得之、則利薄。困窮之兵、必死戦也。)《十一家注孫子》

曹操注ではさらに「追い詰めた敵は必死に戦う」ので倒すことが難しい事だと注釈しています。

【九変】城に攻めざるところ有り

城有所不攻、(城小固糧饒、不可攻也。
 訳 城に攻めざるところ有り、

※御覧注=城小にして固く糧饒ければ(おおければ)、攻めるべからざるなり。

 意訳 城には攻めてはいけない城があり、

※御覧注=小城にみえても内情が充実していて守り固ければ、安易に攻めることができないこと。

 古典ぱんメモ  この御覧の注釈は、曹操(魏武)の注を引いたものです。(曹操曰、城小而固、糧饒、不可攻也。~~)《十一家注孫子》

【九変】地に争わざるところ有り

地有所不爭、(皆與上同、操所以置華、費而深入徐州、拔十四縣。
 訳 地に争わざるところ有り、

※御覧注=皆、上と同じく、操(曹操)の華の置きし所以は、費にして徐州に深く入り、十四県を抜く。

 意訳 土地には争奪してはいけない土地もあり、

※御覧注=上のような理由を踏まえて、曹操が都を放置した理由は、都の兵力を攻めに回して徐州十四県を獲得せんがため。

 教養 ※華=カ。
1、みやこ《李白・巴陵贈賈舎人詩》→賈生、西を望みて京華を憶う(おもう)。
2、中華の意《春秋左伝・定公十年》→夷(夷狄)、華を乱さず。

※費=ヒ。
1、ついやすこと。《説文解字》→費は財用を散ずるなり。
2、地名。春秋時代の魯の邑の名。《春秋左伝・隠公元》→費伯、師を帥いて(ひきいて)郎に城く(きずく)。《左伝 杜預注》→費伯は魯の大夫なり。《十一家注孫子 杜牧注》→操捨華、費不攻、故兵力完全、深入徐州、得十四縣也。(曹操は都を放置して、費を攻めず、ゆえに兵力を完全にし、深く徐州に入り、十四県を得る。)

費が地名であれば、杜牧注の解釈は「都の兵力を犠牲にして、固い費を攻めず、だからこそ温存した兵力で徐州14県を得ることが出来た。」となります。

 古典ぱんメモ  この御覧の注釈は、曹操(魏武)の注を引いたものです。(~~ 操所以置華、費而深入徐州、得十四縣也。)《十一家注孫子》

【九変】君命に受けざるところ有り

君命有所不受。(茍便于事、不茍于君命也。
 訳 君命に受けざるところ有り。

※御覧注=茍して事に便うも(ならうも)、君命に茍せずなり。

 意訳 主君の命令には従ってはいけない命令があり、

※御覧注=事に向き合い行動する事について慎んで戒めることがあっても、主君の命令には遠慮しないこと。

 教養 ※茍=キョク、コク。つつしみ戒めること《説文解字》→茍は自らをつつしみ敕める(いましめる)ことなり。

 古典ぱんメモ  この御覧の注釈は、曹操(魏武)の注を引いたものです。(曹操曰、苟便於事、不拘於君命也。)《十一家注孫子》。曹操曰く、いやしくも事に便うも(ならうも)、君命に拘らざるなり。

【九変】九変の利に通ずるものは則ち用兵を知る

故將通于九變之利者、則知用兵矣。(九事之變。
 訳 故に将、九変の利に通ずるものは、すなわち用兵を知る。

※御覧注=九事の変。

 意訳 そのようなわけで、将が九変の利について精通しているということは、同時に用兵にも通じていることにもなるのです。

※御覧注=九変は九事の変のこと。

 教養 ※九変の利=これについては九変とあるのに10の事柄が記載されているために難解なのですが、その疑問に答える注釈があります。前提として「九変篇」に挙げられている10の事柄をリストアップしてみます。
  • 圮地(御覧では汜地)にとどまらない
  • 衢地では外交する
  • 絶地にはとどまらない
  • 囲地では謀る(御覧では謀らない)
  • 死地では戦う
  • 道、通ってはならない道がある
  • 軍、攻撃してはならない軍がある
  • 城、攻めてはならない城がある
  • 地、争ってはならない地がある
  • 君命、従ってはならない命令がある
この10の事柄について《十一家注孫子》では以下のように注釈されています。
  • 1、曹操注:上の九事の変のこと。→九つの事柄と受け取ることが出来る。
  • 2、賈林注:上の九事のこと。10個あるのに九事であるのは、君命についての事柄は常なる変化の例ではないので、君命を除く9つの事柄を九事と解釈する。→君命を除く九つの事柄。
  • 3、何氏注:九変篇と銘打っているのに10個の変化があるので、皆が惑うことになる。しかしよく熟慮して文意を観察してみると「君命」については地の利が関係していないことに気がつく。よって「君命」を除く9の事柄を九変と解釈する。→君命を除く九つの事柄。
君命を除く九つが九変であり九事の変だという解釈がされています。

 古典ぱんメモ  ※九變之利者=十一家(十家)注本では「九變之利者」。武経本は御覧とおなじく「地」の字はなし。

【九変】九変の利に通じぜざるは

將不通於九變之利、雖知地形、不能得地之利矣。
 訳 将、九変の利に通じぜざるは、地形を知るといえども、地の利を得ること能わず。

※御覧注=なし。

 意訳 将が九変の利について精通していなければ、地形について把握していたとしても、地の利を得ることは出来ません。

※御覧注=なし

 古典ぱんメモ  ※將不通於九變之利=十一家(十家)注本では「將不通於九變之利」。武経本は御覧とおなじく「者」の字はなし。

【九変】人を治めて五変を知らざれば

又曰、治人不知五變、雖知五利、不能得人之用矣。(下五事也。
 訳 また曰く、人を治めて五変を知らざれば、五利を知るといえども、人の用を得ること能わず。

※御覧注=下の五事なり。

 意訳 またこのようにも曰く、人を治めていても五変(五つの変化)について精通していなければ、五利(五つのメリット)を把握していたとしても、人を存分に指揮することはできません。

※御覧注=五変と五利は下の五つの事柄をさす。

 古典ぱんメモ  この御覧の注釈は、曹操(魏武)の注を引いたものです。(曹操曰、謂下五事也。)《十一家注孫子》。

※治人不知五變=十一家(十家)注本、武経本では「兵不知之術」。

【九変】智者の慮は必ず利害に雜う

是故智者之慮必雜於利害、(在利思害、在害思利。
 訳 この故に智者の慮は必ず利害に雜う(まじう)、

※御覧注=利在らば害を思い、害在らば利を思う。

 意訳 智者の深謀遠慮は、かならず利と害の両面をまじえて考慮する。

※御覧注=利が有るなら害も考慮し、害が有るなら利も考慮する。

 古典ぱんメモ  この御覧の注釈は、曹操(魏武)の注を引いたものです。(曹操曰、在利思害、在害思利。當難行権也。)《十一家注孫子》。

【九変】利に雑じりて務は信なるべき

雜於利而務可信、(計敵不能依五地為我害信、務為可信也。
 訳 利に雑じりて務は信(まこと)なるべき、

※御覧注=敵を計るに五地に依るに能わずして我れの害を信と為せば、務は信なるべきと為すなり。

 意訳 普段から利について害もまじえて考えるので任務をおこなっても成功の実現につながり、

※御覧注=相手を分析するに、五地によって考える事ができないとき、(普段から利害両面を考えるため)我が身の不利な点を真剣にとらえて補強するので、任務成功の実現につながる。

※五地=上の句からこの句を含め、さらに下の3句を加えた五つのこと。もしくは九変篇冒頭のうちの五つの地。

 古典ぱんメモ  この御覧の注釈は、曹操(魏武)の注を引いたものです。(曹操曰、計敵不能依五地為我害、所務為可信也。)《十一家注孫子》。

【九変】害に雑じりて患いは解くべし

雜於害而患可解。(并計于害、雖有患可解也。害中雜利、陷之死地而後生也。
 訳 害に雑じりて患い(うれい)は解くべし。

※御覧注=害にならびて計るとき、患いあるといえども解くべきなり。害中に利が雑じれば、これ死地に陥りて後に生じるなり。

 意訳 普段から害にまじえて利も考えるので心配事はかえってほぐれやすい。

※御覧注=害と利の両面を考慮するとき、心配事があってもほぐれやすい。害のなかに利がまじれば、一時的に危機に陥ってもその後を利で補うことが出来る。

 古典ぱんメモ  「雖有患可解也」は曹操注と共通、それ以外は完全一意する注釈は《十一家注孫子》になし。おおまかな解釈としては前半は曹操注、後半は賈林注と共通。

【九変】これを趣かすに利を以てす

趣之以利。(令自來也。
 訳 これを趣かす(おもむかす)に利を以てす。

※御覧注=自らに来させしむることなり。

 意訳 これ(原典では諸侯のこと)を赴かせるには利益を強調する。

※御覧注=おもむかすとは、自分のもとに来させること。

 古典ぱんメモ  この御覧の注釈は、曹操(魏武)の注を引いたものです。(曹操曰、令自來也。)《十一家注孫子》。

※趣之以利=十一家(十家)注本、武経本では「趨諸侯者以利」。趨ははしる、おもむくの意。赴・趣と同義。《説文解字》→趨は走なり。趣は疾なり。赴は趨なり。

【九変】其の来たらざるを恃むこと無く

故用兵之法、無恃其不來、恃吾有以待之。(安不忘危、常備之也。
 訳 故に用兵の法は、其の来たらざるを恃む(たのむ)こと無く、吾の以て待つ有ることを恃むなり。

※御覧注=安に危を忘れず、常にこれに備うなり。

 意訳 というわけで、用兵の法というものは、相手が来ないことを頼みにするのではなく、いつ来ても対応しうる態勢を整えておくことを頼りにするものです。

※御覧注=安全であっても危機管理を忘れず、常に備えておくこと。

 古典ぱんメモ  この御覧の注釈は、曹操(魏武)の注を引いたものです。(曹操曰、安不忘危、常設備也。)《十一家注孫子》。

【九変】将に五危あり

無恃其不攻吾也、恃吾不可攻。故將有五危、必死可殺、(勇無疑也。
 訳 其の吾れを攻めざるを恃む(たのむ)こと無く、吾が攻むるべからざるを恃む。故に将に五危あり、必死は殺さるべし、

※御覧注=疑なき勇なり。

 意訳 相手がこちらを攻めてこないことを頼りにすることなく、こちらに攻めることが出来ないような態勢を整えることを頼みにします。このようなことで将には五つの危険があります、必死は殺され、

※御覧注=必死は殺され、というのは何事にも疑念を抱かずひたすらに戦う匹夫の勇であるから。

 古典ぱんメモ  ※必死可殺=十一家(十家)注本、武経本では「必死可殺

【九変】必生は虜にさるべし

必生可虜、(見利不進將怯弱必生之意、上下猶豫、可急而取。
 訳 必生は虜にさるべし、

※御覧注=利を見て進まざる将は必ず生の意を怯弱にして、上下に猶豫とし、急にして取らさるべし。

 意訳 がんばって生きようとすれば虜(とりこ)にされ、

※御覧注=利があるのに進まない将は安全を優先して怯弱(臆病で弱弱しいこと)で、いろいろなことにためらい、そうしている間に敵から急襲をうけて奪取されてしまいます。

 教養 ※猶豫(猶予)=ユウヨ。ここではグズグズする、ためらうと解釈。《老子・十五章》→豫として川を渉るが若く、猶として四鄰を畏るるが若し。《楚辞・離騒》→こころ猶豫として狐疑す、自ら適かんと(ゆかんと)欲すれども而してすべからじ。

※四鄰(四隣)=シリン。四方の隣国《書経・蔡仲之命》。となり近所《列女伝・節義・周主忠妾伝》。あたり、四辺《唐・王維の詩》。

※狐疑=コギ。疑い深くて決心がつかないさま。《朱熹 楚辞集注》→狐、疑い多く、而して善く聴く。河氷始めて合すれば、狐、其の下を聴く。水声を聴かざれば、すなわち敢えて過ぐ。故に人の河氷を過ぐるもの、要は須らく狐に行きてしかる後に渡るべし。因りて疑い多きものを謂いて、狐疑と為す。(河氷を歩くときにキツネは氷の下に水音が流れていないか確める。そんな慎重な習性に例えて説明している朱熹の注釈。)

 古典ぱんメモ  「見利不進將怯弱必生之意」の部分、曹操注では「見利畏怯不進也」。怯弱という表現は孟氏注と共通。

※必生可虜=十一家(十家)注本、武経本では「必生可虜

【九変】忿速は侮らるべし

忿速可侮、(忿疾之人可忿怒侮而致也。
 訳 忿速は侮らるべし、

※御覧注=忿疾の人は忿怒すべくして侮を致すなり。

 意訳 短気な人は侮られて謀にはまりやすく、

※御覧注=短気な人はすぐ怒り、他人を侮ってしまいがち。

 教養 ※忿速・忿疾=フンソク・フンシツ。速くいきどおる人、疾く憤怒する人、短気なさま。《説文解字》→忿は悁る(いきどおる)なり。《廣韻》→忿は怒るなり。《説文解字》→悁は忿る(いきどおる)なり。

 古典ぱんメモ  この御覧の注釈は、曹操(魏武)の注を引いたものです。(曹操曰、忿急之人、可忿怒侮而致之也。)《十一家注孫子》。

※忿速可侮=十一家(十家)注本、武経本では「忿速可侮

【九変】廉潔は辱めらるべし

廉潔可辱、(廉潔之人可污辱而致必來戰。
 訳 廉潔は辱めらるべし、

※御覧注=廉潔の人は汚し辱めるべくすれば而して必ず来戦に致る。

 意訳 まっすぐで清い人は辱められやすく、

※御覧注=清い人を汚して辱めれば必ず戦いに向かわせることが出来る。

 教養 ※廉潔=レンケツ。心が正しく清い、いさぎよい、清廉潔白、公正。《後漢書・儒林・周澤伝》→公正廉潔にして、奉禄、妻子に及ばず。《孟子・盡心下》→これに居ること忠信に似て、これを行うこと廉潔に似たり。

 古典ぱんメモ  この御覧の注釈は、曹操(魏武)の注を引いたものです。(曹操曰、廉潔之人、可汙辱致之也。)《十一家注孫子》。

※汙=オ。けがす、よごす、あらすの意。汚と同義。《説文解字》→汙は薉(あれる)也。一曰、小池を汙さん(けがさん)とす。一曰、涂(ぬる、よごす)也。

【九変】愛人は而して煩わさる

愛人而煩、(出必所走、愛人者必倍道兼行救之、則煩勞也。
 訳 人を愛せば而して煩さる、

※御覧注=必ず出るところに走るとき、人を愛するもの必ずこれを救うに道を倍して(まして)兼行すれば、すなわち煩いて労するなり。

 意訳 他人に気を使えば気をすり減らすことになり、

※御覧注=重要なところに出向けば、他人を愛するものはこれを救おうと強行軍でやってくるので、兵は疲労する。

 教養 ※兼行(倍道兼行)=ケンコウ。ここでは昼夜休まず強行して進むこと、二日の道を一日で行くことと解釈。《管子・禁蔵》→道を倍して(まして)兼行し、夜を以て日に続ぐ。

 古典ぱんメモ  この御覧の注釈は、曹操(魏武)の注を引いたものです。(曹操曰、出其所必趨、愛民者、則必倍道兼行以救之、救之則煩勞也。)《十一家注孫子》。

※愛人而煩=十一家(十家)注本、武経本では「愛可煩也」

【九変】用兵の災

凡此五者、將之過、用兵之災。覆軍救將、必以五危、不可不察也。
 訳 およそ此の五者、将の過ちにして、用兵の災なり。軍を覆し将を救うは、必ず五危を以てし、察せざるべからざるなり。

※御覧注=なし

 意訳 この五つの事柄は、将の過失であり、用兵にとって災いにつながることです。軍の行いを変えてまで将を救おうとするものは、必ずこの五つの危険な事柄によるものですので、熟慮しないわけにはいかないことなのです。

※御覧注=なし

 古典ぱんメモ  ※覆軍救將=十一(十)家注本、武経本では「覆軍殺將」(軍を覆し将を殺すは)。両原典の「殺將」の意味は被害に焦点をあてたもの、御覧の「救った」あとは被害が出ると解釈できるので、ニュアンスは違っても意味としては同じものです。

御覧の孫子2【地形篇】の部分

【地形】吏の強くして卒の弱きはすなわち陷る

又曰、吏強卒弱、曰陷。(吏強欲進、卒弱輒陷、敗也。
 訳 また曰く、吏の強くして卒の弱きは、曰ち(すなわち)陷る(おちる)。

※御覧注=吏の強くして進まんと欲せば、卒の弱きは輒ち(たちまち)陷ちて、敗れるなり。

 意訳 またこのようにも曰く、上役が強くて兵士が弱い場合は、兵士がついていけないので敗れる。

※御覧注=上役だけが強くてグイグイ引っ張ろうとしても、兵士が弱ければつぎつぎに脱落者が出てついていくことができず、敗れてしまうこと。

 教養 ※吏=官吏、役人、軍に配属された文官。《説文解字》→吏は人を治むる者なり。《國語・周語上》→敢えて私かに(ひそかに)これを吏に布く(しく)。《その注》→吏は軍吏なり。

 古典ぱんメモ  この御覧の注釈は、曹操(魏武)の注を引いたものです。(曹操曰、吏強欲進、卒弱輒陷、敗也。)《十一家注孫子》。

【地形】大吏怒りて服せず

大吏怒而不服、遇敵懟而自戰、將不知其能、曰崩。(大吏小將也、大將怒之、不厭服、忿而赴敵、不量輕重、則必崩壞也。
 訳 大吏怒りて服せず、敵に遇えば懟みて(うらみて、憾)自ら戦い、将は其の能を知らざるは、すなわち崩るる。

※御覧注=大吏は小将なり、これ大将に怒り、厭きれて(あきれて)服せずして、忿して敵に赴き、軽重を量らずんば(はからずんば)、すなわち必ず崩壊するものなり。

 意訳 上役の主任クラスが怒って将軍に服従せず、敵と出会えば恨んで自分勝手に戦い、将軍はその能力を知らないというのであれば、軍は崩れてしまいます。

※御覧注=大吏は小将。これが大将に怒り、命令に従わずに敵と自分勝手に戦いをはじめてしまえば、軍はかならず崩壊してしまうこと。

 古典ぱんメモ  この御覧の注釈は、曹操(魏武)の注を引いたものです。(曹操曰、大吏、小將也。大將怒之、心不厭服、忿而赴敵、不量輕重、則必崩壞。)《十一家注孫子》。

【地形】将の弱くして厳ならず

將弱不嚴、教道不明、吏卒無常、陳兵縱橫、曰亂。(為將若此、亂之道也。
 訳 将の弱くして厳ならず、教道を明らかならずして、吏卒は常なく、兵を陳ぬる(つらぬる)に縦横にすれば、すなわち乱るる。

※御覧注=将このごとく為せば、これ道を乱すものなり。

 意訳 将が弱く厳しからず、指示も明確でなく、上役も兵卒もまとまりがなく、兵をまとめるのにバラバラな行いをすれば、軍は乱れることになります。

※御覧注=なし

 教養 ※教道=キョウドウ。おしえみちびくこと。《史記・酷吏伝論賛》→方略(方策)を教道し、姦を禁じ邪を止めしむ。

※縦横=ジュウオウ。ここでは自由な振る舞いと解釈。《後漢書・李固伝》→賓客の縦横、多く過差あり。

※過差=カサ。過失のこと、おごりや贅沢なこと。《漢書・五行志中之上》→失うこと過差に在り。《書経・胤征序・義和湎淫伝》→酒に湎れて(おぼれて)沈み、過差度に非ず。

 古典ぱんメモ  この御覧の注釈は、曹操(魏武)の注を引いたものです。(曹操曰、為將若此、亂之道也。)《十一家注孫子》。

【地形】敵を料ること能わず

將不能料敵、以少合眾、以弱擊強、兵無避鋒、曰北。(兵勢若此、必走也。
 訳 将、敵を料ること能わず、少を以て衆に合い、弱を以て強を撃ち、兵の鋒を避けること無ければ、すなわち北ぐるる(にぐるる、逃)。

※御覧注=兵勢をこのごとくすれば、必ず走するものなり。

 意訳 将が敵の情況を把握することが出来ず、小勢で大勢にあたり、弱で強を撃とうとし、敵兵のするどいところを避けることができなければ、敗北して逃走することになります。

※御覧注=このようにすれば必ず敗れて潰走するということ。

 古典ぱんメモ  この御覧の注釈は、曹操(魏武)の注を引いたものです。(曹操曰、其勢若此、必走之兵也。)《十一家注孫子》。

※兵無避鋒=十一(十)家注本、武経本では「兵無選鋒」。選鋒とは選び抜かれた精兵のこと。《六韜・武鋒》→凡そ用兵の要、必ず武車・驍騎・馳陣・選鋒あり。

【地形】六者は勝敗の道、将の至任なり

凡此六者、勝敗之道、將之至任也。
 訳 およそこの六者、勝敗の道、将の至任なり。

※御覧注=なし

 意訳 このような六つの事柄は、勝敗を決する要素であり、将の能力に左右されるものです。

※御覧注=なし

 教養 ※六者=ここでは走るもの、弛むもの、陥るもの、崩れるもの、乱れるもの、北げるもの(逃げるもの)、の六つの地形・環境・事柄《孫子・地形篇》。

※至任=シニン。任に至る、任された者の能力次第、任者に左右される、重大なことを任された者の能力次第で成否が左右される。《十一家注孫子・李筌注》→李筌曰く、此れ地形の勢なり、将の知らざるものを以て敗れる。《十一家注孫子・張預注》→張預曰く、六地の形、将知らざるべからず。

 古典ぱんメモ 

※勝敗之道=十一(十)家注本、武経本では「敗之道也」

御覧の孫子2【火攻篇】の部分

【火攻】利に非ざれば起こさず

又曰、明主慮之、良將修之。非利不起、非得不用、非危不戰。(不得已而用兵。
 訳 また曰く、明主はこれを慮り(おもんぱかり)、良将はこれを修む。利に非ざれば起こさず、得るに非ざれば用いず、危うきに非ざれば戦わず。

※御覧注=やむを得ずして兵を用う。

 意訳 またこのようにも曰く、聡明な主はよく考え、よい将はよく修めて備える。有利な情況でなければ行動を起こさず、有益でなければ兵を用いず、危機が迫るのでなければ安易に戦わないものです。

※御覧注=危険が迫れば、そこでようやくやむを得ず戦うということ。

 古典ぱんメモ  この御覧の注釈は、曹操(魏武)の注を引いたものです。(曹操曰、不得已而用兵。)《十一家注孫子》。

※非利不起=十一(十)家注本、武経本では「非利不動」

【火攻】主は怒りを以て軍を興すべからず

主不可以怒而興軍、將不可以慍而合戰、合於利而用、不合於利而止。(不得以喜怒而用兵。
 訳 主は怒りを以て軍を興すべからず、将は慍り(いきどおり)を以て合戦するべからず、利に合えば而して用い、利に合わざれば而して止む。

※御覧注=喜怒を以てして兵を用うれば得ず。

 意訳 主君は怒りの感情で軍をおこしてはならず、将は憤りの感情で戦ってはならず、合理的であれば兵を動かし、利がなければ行動を止めるものです。

※御覧注=喜怒などの感情的行動で兵を動かせば利は得られないこと。

 古典ぱんメモ  この御覧の注釈は、曹操(魏武)の注を引いたものです。(曹操曰、不得以己之喜怒而用兵也。)《十一家注孫子》。

※興軍=十一(十)家注本、武経本では「興師」。御覧の「興軍」は竹簡孫子とおなじ。

※合戰=十一(十)家注本、武経本では「致戦」。戦を致す。

【火攻】国を安んずるの道なり

怒不可復喜、慍不可復悅、亡國不可復存、死者不可復生。故曰、明主慮之、良將警之、此安國之道也。
 訳 怒りは復た(また)喜ぶべからず、慍り(いきどおり)は復た悦ぶべからず、亡国は復た存すべからず、死者は復た生くべからず。故に曰く、明主はこれを慮り、良将はこれを警む(いましむ)、これ国を安んずるの道なり。

※御覧注=なし

 意訳 怒りはとけて喜べるようにもなり、憤りもとけて悦ぶようにもなるものですが、国が亡べば蘇る事は無く、死者もまた蘇る事はありません。ですから聡明な君主はこれを考え、よい将はこれを警戒し戒めます。このようなことが国を安んじる方法なのであります。

※御覧注=なし

 古典ぱんメモ  ※明主慮之=十一(十)家注本、武経本では「故明君慎之」。

※此安國之道也=十一(十)家注本、武経本、《太平御覧・巻311》では「此安國全軍之道也」。《通典・巻156》では「安危之道」

つづく

孫子と孫子注が引かれている《太平御覽・兵部十一・撫士上》巻280 につづく

関連:太平御覧の孫子1 / 孫子全訳 / 十一家注本シリーズ / 十一家注の注者11人の紹介