孫子兵法 作戦篇(活用と教養のためのヒント)+曹操注

こちらは孫子兵法「作戦篇」の訳文および解説文です。まとめ・雑学・解釈の出典がわかる補足つきです。

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孫子兵法 作戦編(巻上)

作戦篇ではおもに兵を起こすときの軍費などの注意点について語られます。宋本十一家注孫子では計篇・作戦篇・謀攻篇・形篇までの4篇が上巻に分類されています。

兵は拙速を聞くも、未だ巧久を睹ざるなり

拙速の解説画像

大事な大事なハンマーチャンス。ハンマーは一度つかうと壊れる使いきりハンマーとします。

孫子曰、凡用兵之法、馳車千駟、革車千乘、帶甲十萬。千里饋糧、則内外之費、賓客之用、膠漆之材、車甲之奉、日費千金、然後十萬之師舉矣。其用戰也勝、久則鈍兵挫鋭、攻城則力屈、久暴師則國用不足。夫鈍兵挫鋭、屈力殫貨、則諸侯乘其弊而起、雖有智者、不能善其後矣。故兵聞拙速、未睹巧之久也。夫兵久而國利者、未之有也。故不盡知用兵之害者、則不能盡知用兵之利也。

孫子曰く、およそ用兵の法は、馳車千駟、革車千乗、帯甲十万、千里に糧をおくるとき、則ち内外の費、賓客の用、膠漆の材、車甲の奉、日に千金を費やし、然る後に十万の師挙がる。

その戦いを用して勝つや、久しければ即ち兵を鈍し鋭を挫く。城を攻むれば即ち力は屈き、久しく師を暴さば即ち国用は足らず。それ兵を鈍らし鋭を挫き、力を屈くし貨を殫くすとき、すなわち諸侯がその幣に乗じて起こる。智者ありといえども、その後を善くすること能わず。

故に兵は拙速なるを聞くも、未だ巧の久きを睹ざるなり。それ兵久しくして国の利する者は、未だこれ有らざるなり。故にことごとく用兵の害を知らざる者は、すなわちことごとく用兵の利をも知ること能わず。

 要約 【まとめ】完全をもとめても行動が長引けば疲弊します。状況をよく見た行動が肝要です。この注意点を理解していなければ、利益を理解することもありません。

 活用 【活用ヒント】完璧さとスピード感のバランス感覚が大切。(重過ぎれば疲れ、軽過ぎれば足らず)

 熟語 【熟語】拙速(せっそく):まずくても速く為す、完全でなくても途中で片をつける。後世に「兵は拙速を尚ぶ」「兵は拙速を貴ぶ」という使われ方もしています。拙速の詳細はこちら

 教養 ※作戦編=篇名は《宋本十一家注孫子》では作戦篇、《武経七書》系の孫子では作戦第二、清の孫星衍の校《孫子十家注》では巻二計篇、仙台藩の儒学者・櫻田景迪の校《古文孫子》では戦篇第二、銀雀山漢墓の竹簡孫子では作戦となっています。

※馳車千駟=ちしゃせんし。馳車は軽快な車・戦車のこと(十一家の注 参照)。駟は四頭立ての馬、つまり四頭立ての戦闘馬車が千台(十一家の注 参照)。ここでの解釈は「戦車いっぱい」としても読みます。

※革車千乗=かくしゃせんじょう。革車は装甲車のこと(十一家の注 参照)。乗は車のことで、装甲車が千台。「装甲車いっぱい」の意味としても読みます。

※帯甲十万=たいこうじゅうまん。帯甲は武具甲冑。「武具いっぱい」

※膠漆=こうしつ。にかわとうるし。武具の素材につかわれます。

※十万の師=師はここでは軍隊と解釈。十万の軍、大軍。

※殫=尽と同義、つくす。

※弊=ヘイ。つかれ、損失、消費など。

※雖=いえども、と言っても、ではあるけれど。などの意。

※巧の久き=たくみのひさしき。うまく時間をかけて、完全を求めて長く行う、という意味。《太平御覧》巻293では巧久。他には工久、工遅之久とも。

※睹=覩。観るという意味。

※盡=ことごとく。盡の省略体が尽で、尽く、尽くす、などの意味を持ちます。

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役を再籍せず、糧を三載せず

善用兵者、役不再籍、糧不三載。取用於國、因糧於敵、故軍食可足也。國之貧於師者遠輸、遠輸則百姓貧。近於師者貴賣、貴賣則百姓財竭。財竭則急於丘役。力屈、財殫、中原内虚於家。百姓之費、十去其七、公家之費、破車罷馬、甲冑矢弩、戟楯蔽櫓、丘牛大車、十去其六。故智將務食於敵、食敵一鍾、當吾二十鍾、[艹忌]秆一石、當吾二十石。

善く兵を用うる者(1戦上手は・2上手い戦とは)は、役は再び籍せず、糧を三たび載せず。用を国に取り、糧を敵に因る。故に軍食を足るべきなり。国の師に貧なるは遠きに輸し、遠きに輸せば即ち(国内の)百姓は貧す。近き師あらば貴売し、貴売すればすなわち百姓は財がつく。財がつきればすなわち丘役に急す。力つき、財つきて、中原の内は家に虚し。百姓の費、十に其の七を去る。公家の費、破車罷馬、甲冑矢弩、戟楯弊櫓、丘牛大車、十に其の六を去る。故に智将は務めて敵に食む。敵の一鍾を食むは、吾が二十鍾にあたり、[艹忌]秆一石は、吾が二十石にあたる。

 要約 【まとめ】用兵巧者は、行動よって生じる様々な負担を把握して、それらを軽減する工夫をこらすものです。

 活用 【活用ヒント】利用できるものは利用して、行動の負担を減らし、効率を高める。

 教養 ※竭く=つく。尽きる。

※丘役=丘とは里・村など土地区轄の単位のこと。丘役は周代の井田制を指していて、井(9区画で割り当て8戸+中央の1区画は共有)は四つで邑(二里四方・32戸)となり、邑が四つで丘(四里四方・128戸)となります(周礼参照)。つまり1丘は16井で、8×16=128戸の家族が属していることになり、その128戸の集落の税を指します。または魯の成公(生年不詳~紀元前573年)が作った「丘甲」という軍用品の税のようなものを指していて(丘甲は春秋左氏伝や周礼を参照)、有事に課せられる軍事税ともいわれます(張預・曹操・杜牧・王晳の注、及び司馬法 参照)。

※力屈財殫中原内虚於家=読み・解釈に諸説有り。

※破車罷馬=はしゃひば。車が破壊され馬がつかれ。

※甲冑矢弩=よろいや弓などの武具。

※戟楯蔽櫓=武具盾、幕や櫓などの器材。

※丘牛大車=村で徴発した運搬用の牛。運搬車のことをさします(曹操・張預などの注)または丘のように大きな牛(李筌の注)

※一鍾=イッショウ。容量単位。一鍾は約51.1リットル、春秋戦国期の斉で約205.8リットル、または一石四斗、あるいは六斛四斗で約120リットルなど。

※[艹忌]秆=キカン。[艹忌]キとは豆がらのこと、秆・カンはわらのこと(稈と同義)。石は重量の単位で、一石が百二十斤、一斤は十六両、一両は周代で約16グラム、その場合一石は約30キログラム強。

※當=当、あたる、該当する。

敵に勝ちて強を益す

敵に勝ちて強を益す 解説画像

害が無いなら吸収したほうが効率的

故殺敵者、怒也、取敵之利者、貨也。故車戰、得車十乘已上、賞其先得者、而更其旌旗、車雜而乘之、卒善而養之、是謂勝敵而益強。

故に敵を殺す者は怒なり、敵の利を取る者は貨なり(貨を取るものは利なり。とも)。故に戦車、車十乗已上(車を10台以上)を得れば、そのまず得たる者(1先に得た功績者。2先に得た敵兵)を賞し、而してその旌旗を更め、車は雑えてこれに乗らしめ、卒は善くしてこれを養わしむ。これを敵に勝ちて強を益すと謂う。

 要約 【まとめ】勝ちながら敵を吸収して強さを増していきます。

 活用 【活用ヒント】吸収して強くなろう。

 教養 ※怒=ここでは軍威のこと(李筌の注)。激をいれて上下を同じく怒らせて(勢いに乗らせて)敵を倒す、尉繚子にいう「民之所以戦者、気也」民の戦う所以は気である(張預の注)

※取敵之利者貨也=明の劉寅の武経七書直解では「取敵之貨者利也」敵の貨を取る者は利なり。銀雀山漢墓の竹簡孫子では欠損部。

※旌旗=せいき。はた。軍旗。

※是謂勝敵而益強=補足:後漢の光武帝は銅馬賊を南陽の地において破り、数万を虜として自軍に取り込み~[中略]~漢を中興した(李筌の注)

兵は勝を貴び、久を貴ばず

故兵貴勝、不貴久。故知兵之將、生民之司命、國家安危之主也。

故に兵は勝つことを貴び、久しきを貴ばず。故に兵を知るの将は、生民(民)の司命にして、国家安危の主なり。

 要約 【まとめ】軍事は勝ちを優先し、いたづらに時間をかけることを優先しないものです。

 活用 【活用ヒント】長引かせぬうちに効率よく勝とう。

 教養 ※生民=民のこと。生民の「生」の字を除いた史料もありますが、意味は同じです。

※司命=生殺の権限を握る者。由来は星の名で、北極星のそばにある人の寿命を司る星。司命(上台司命・大尉)・司中(中台司中・司徒)・司禄(下台司禄・司空)は三台星と位置づけられ、これらは天帝(一名天柱)を補佐する高位の星といわれます(周礼の注疏 参照)。司命星は斉国宋国の地で土着信仰があり、祠に祀られていました(後漢の應劭「風俗通義」)。1上将、2次将、3貴相、4司命、5司中、6司禄の六星のうちのひとつ(史記・晋書・隋書・宋史 参照)。司命と司禄は宝瓶座(みずがめ座・アクエリアス)を構成する星たちの名前にもあてられています。

曹操注(魏武注)本文と訳

作戦篇
※ 曹操曰、欲戦、必先算其費、務因糧於敵也。
曹操曰く、戦を欲するとき、必ず先にその費を算して、糧はつとめて敵に因る(敵の糧を利用する)ものである。

孫子曰、凡用兵之法、馳車千駟、革車千乘、帶甲十萬。
※ 曹操曰、馳車、輜車也、駕駟馬。革車、重車也、言萬騎之重。車駕四馬、率三萬軍、養二人、主炊、家子一人、主保固守衣装、厩二人、主養馬、凡五人。歩兵十人、重以大車駕牛。養二人、主炊、家子一人、主守衣装、凡三人也。帶甲十萬、士卒數也。
曹操曰く、馳車(快速車)は、輜車(戦車)のことで、駟馬(四頭の馬)で駕(車に馬をつける・乗る・あやつる・駕御)する。革車(装甲車)は、重車(重戦車)のことで、重車ひとつで萬騎(万の騎馬に匹敵する)と言われる。四馬の車に乗るときは、三万の軍を率い、二人を養い、炊事につかせ、秘書を一人つけ、主の衣装ほか身の回りを世話させて、厩舎に二人、主の馬世話をさせる。すべてあわせて五人。歩兵十人が重要なものを乗せた大車を牛にひかせた場合、二人を養い、炊事につかせ、秘書を一人つけ、主の衣装ほか身の回りを世話させる。すべてあわせて三人。帶甲十萬(武具十万)は、士卒の数である。

 教養 ※輜車=ここでは戦車の意味にとりますが、荷車・ほろぐるまという意味も持っています。

千里饋糧、
※ 曹操曰、越境千里。
曹操曰く、越境の千里である。

則内外之費、賓客之用、膠漆之材、車甲之奉、日費千金、然後十萬之師舉矣。
※ 曹操曰、謂購賞猶在外。
曹操曰く、在外(外にいるもの・地方にいるもの)になお購賞(贈賞・賞をおくる)するようなものである。

 教養 ※購賞=清の孫星衍の校「孫子十家注」では「贈賞」。史記の淮陰侯列伝のなかで、韓信が廣武君(趙の広武君・李左車)にこのような軍令を出した。曰く「有能生得者、購千金」これは賞千金という意味であり、(そもそも購は贈の意味をもつので)購は贈の誤りではない(十一家注孫子校理の按 参照)

其用戰也勝、久則鈍兵挫鋭、攻城則力屈、
※ 曹操曰、鈍、弊也。屈、盡也。
曹操曰く、鈍は弊のことである。屈は盡(尽)のことである。

故兵聞拙速、未睹巧之久也。
※ 曹操、李筌曰、雖拙、有以速勝。未睹者、言其無也。
曹操と李筌曰く、拙といえども、速をもって勝つのである。いまだ見ざるとは、その無きこと(無いと断言していること)を言うのである。

善用兵者、役不再籍、糧不三載。
※ 曹操曰、籍、猶賦也。言初賦民而便取勝、不復歸國發兵也。始載糧、後遂因食於敵、還兵人國、不復以糧迎之也。
曹操曰く、籍はなお賦(徴発)のごときものである。まず民より賦してすなわち勝ちを取り、ふたたび帰国して兵を発しないものである。はじめに糧をおくり、のちに敵より食み(はみ。獲得)て遂行すれば、兵が国にかえったとき、ふたたび糧をおくらずに迎えることができるのである。

取用於國、因糧於敵、故軍食可足也。
※ 曹操曰、兵甲戦具、取用國中、糧食因敵也。
曹操曰く、兵甲戦具は、国の中で取用し(国内で用意し)、糧は敵より食む(はむ。獲得)ものである。

近於師者貴賣、貴賣則百姓財竭。
※ 曹操曰、軍行已出界、近師者貧財、皆貴賣、則百姓虚竭也。
曹操曰く、軍がはなはだ界より出て行くとき(遠征したとき)、近きもの(国内のもの)は財が貧したとみちびき、皆貴売(高値で売る・物価上昇)し、そうなれば百姓(民衆)は虚しく尽きるものである。

力屈、財殫、中原内虚於家。百姓之費、十去其七、
※ 曹操曰、丘、十六井也。百姓財殫盡而兵不解、即運糧盡力於原野也。十去其七者、所破費也。
曹操曰く、丘は十六井(井16ぶんの規模の集落・128戸の集落 上記解説を参照)のことである。百姓の財ことごとく尽きても兵を解かなければ、すなわち糧を運ぶものは原野に力尽きるものである。10のうち7を去るとは、費が破られる(破綻する)ものである。

公家之費、破車罷馬、甲冑矢弩、戟楯蔽櫓、丘牛大車、十去其六。
※ 曹操曰、丘牛、謂丘邑之牛、大車、乃長穀車也。
曹操曰く、丘牛は、丘邑の牛のことで、大車は、長の穀をはこぶ車のことである。

故智將務食於敵、食敵一鍾、當吾二十鍾、[艹忌]秆一石、當吾二十石。
※ 曹操曰、六斛四斗爲鍾。[艹忌]、豆秆也。秆、禾藁也。石者、一百二十斤也。轉輸之法、費二十石得一石。一云、[艹忌]音忌、豆也。七十斤爲一石。當吾二十、言遠費也。
曹操曰く、六斛四斗は鍾にあたる。[艹忌]は、豆がらのこと。秆は、稲わらのこと。石は120斤である。輸転の法は、二十石を費やし一石を得る(輸送費に20石消費し、1石を運ぶ)。一説に云う、[艹忌]は忌とよみ、豆のことである。(当時の)一石は70斤にあたる。わが20石にあたるものを、遠くに費やすというものである。

 教養 ※轉=転。

故殺敵者、怒也、
※ 曹操曰、威怒以致敵。
曹操曰く、威怒をもって敵に致す(威と怒を敵にあてる・あたる・ぶつける)。(または、威怒をもって致すは敵・かたきである。恨みを買う)

取敵之利者、貨也。
※ 曹操曰、軍財無、士不来、軍無賞、士不住。
曹操曰く、軍に財なくば、士は来ず、軍に賞なければ、士は住まず。

故車戰、得車十乘已上、賞其先得者、
※ 曹操曰、以車戰、能得敵車十乘已上、賞賜之。不言車戰得車十乘已上者賞之、而言賞得者何?、言欲開示賞其所得車之卒也。陳車之法、五車爲隊、僕射一人、十車爲官、卒長一人、車満十乗、将吏二人。因而用之、故別言賜之、欲使将恩下及也。或曰、言使自有者十乘已上與敵戦、但取其有功者賞也、其十乘已下、雖一乘獨得、餘九乘皆賞之、所以率進勵士也。
曹操曰く、車をもって戦い、敵軍の車を十以上も得たる者があれば、これに賞を下賜する。しかし車を十以上得た功者を賞して、それで何の得があるのだろうか?ここでは賞を開示し、その車の卒を得させる(賞と得た車の指揮権をあたえる)所を言うのであろう。車の陳法(陣法。陣立て・隊の構成)は、五車を隊とし、僕射(ボクヤ・補佐役、次官)を一人つけ、十車の官に、卒長(隊長)を一人つけ、十車に満乗させ、将と吏(小官・役人)の二人をつける。このように用うれば、賜が別にひろまるので、将の恩が下々に及ぶであろうと思われる。或いはこのようにも言う、敵と戦い十車以上を得たるものあれば、それを得た者に与えると言する。ただしその功者の得たものが、十車以下であったとしても、一車を独りに得させ、余った九車(9以下)を皆に賞する、これが士が励み率が進む(兵士が励み統率がはかどる)所以である。

 教養 ※與=与。※獨=独。※餘=余。※勵=励。

而更其旌旗、
※ 曹操曰、與吾同也。
曹操曰く、吾と同じくして与するものである(味方のものと同じにする)。

車雜而乘之、
※ 曹操曰、不獨任也。
曹操曰く、独任せぬものである。

是謂勝敵而益強。
※ 曹操曰、益己之強。
曹操曰く、己の強さが益すのである。

故兵貴勝、不貴久。
※ 曹操曰、久則不利。兵猶火也、不戦将自焚也。
曹操曰く、久はすなわち利にあらず。兵はなお火のごときもので、戦わずして将みずからを焚くものである。

故知兵之將、生民之司命、國家安危之主也。
※ 曹操曰、将賢則國安也。
曹操曰く、将が賢なればすなわち国は安泰である。

(3、謀攻篇につづく)