【士卒の撫育について】太平御覧の孫子注3《太平御覽・兵部十一・撫士上》より【訳】

孫子関連

太平御覽(たいへいぎょらん)の孫子とその注釈を紹介します。

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今回はそのなかの《孫子》についての記述を抽出してご紹介します。「兵部十一・將帥上」では【撫士】をテーマに孫子の記述が抽出されています。撫士とは士卒を慰撫することを言います。

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太平御覧の孫子3《太平御覽・兵部十一・撫士上》巻280

【凡例】便宜的に見出しをつけ、それぞれの見出しごとに原文・訳文・意訳・補足を附しています。原文は句読点、引用符、情緒符号が附されたものです。

【御覧孫子の特徴】本文と注釈の多くは原典や類書からの単純な引用なのですが、細部に差異が見られ、その異なる部分に注目して楽しむことも出来ます。

御覧の孫子3【地形篇】の部分

【地形】卒を視ること嬰兒の如し

孫子曰、視卒如嬰兒、故可與之赴深溪、視卒如愛子、故可與之俱死。
 訳 孫子曰く、卒を視ること嬰兒の如し、故にこれと深溪に赴くべし、卒を視ること愛子(まなこ)の如し、故にこれと俱に死すべし。

※御覧注=なし

 意訳 孫子曰く、兵卒を赤子のように大切に視てみます、すると深い渓谷にも行くこともできます。兵卒を我が子のように愛をもって視てみます、すると生死をともにすることもできるのです。

※御覧注=なし

 教養 ※嬰兒=エイジ。嬰児。赤子・ちのみご・みどりごのこと、または女と男のこと、転じて女の赤子とも。(後漢)劉熙《釈名・釈長幼》→人始めて生るるを嬰兒と曰い、胷(胸)前を嬰と曰う。これを嬰前(胸前)に抱え、これを乳養するなり。《玉篇》→嬰、女を嬰と曰い、男を兒と曰う。

※胷=キョウ。ここではムネと解釈、胸と同義。《廣韻》→胷は膺(むね)なり。(明)梅膺祚《字彙》→胸は胷に同じ。

※愛子=アイシ、まなご、まなこ。愛する子、または子を愛すること。《春秋左伝・宜公二年》→趙盾、公族と括を以て為さんことを請いて曰く、君は姫氏の愛子なり。《説苑・政理》→善く国を為むる(おさむる、治)ものは、民を遇すること父母の子を愛し兄の弟を愛するが如し。

【地形】驕子の如く用うべからざるなり

厚而不能使、愛而不能令、亂而不能理、恩不可專用、罰不可獨在、譬如驕子不可用也。
 訳 厚くして使うこと能わず、愛して令すること能わず、乱して理むる(おさむる、治)こと能わず、恩は専に用うべからず、罰は独りに存るべからざれば、譬えば(たとえば)驕子の如く用うべからざるなり。

※御覧注=なし

 意訳 孫子曰く、厚遇するだけで使うことが出来ず、愛するばかりで命令することが出来ず、乱れても収集をつけることが出来ず、恩賞は(上役が)専門に運用することが出来ず(恩賞の乱発)、刑罰は専門官が執行することが出来なければ(それぞれが勝手に執行)、たとえば問題児のようなもので用いてはなりません。

※御覧注=なし

※在=ここでは(罰する権限が)有る、または自由自在・ほしいままと解釈。《春秋左伝・僖公九年》→乱に在り。《杜預注》→在は存するなり。《荘子・在宥》→天下を在宥するを聞く、天下を治むるを聞かざるなり。《成玄英の注疏》→在は自在なり。

※在宥=ザイユウ。あるがまま、自由自在の意。《荘子・在宥》→天下を在宥するを聞く、天下を治むるを聞かざるなり。これを在にするとは、天下の其の性を淫するを恐るるなり。これを宥にするとは天下の其の徳を遷すを恐るるなり。《成玄英の注疏》→宥は寛なり、在は自在なり。

※驕子=キョウシ。ここでは驕れる子、気ままな子、またはじゃじゃ馬な暴れん坊で手のつけられない子と解釈。

《字彙》→驕は傲る(おごる)なり。自ら矜る(ほこる)なり。《字彙》→驕は逸なり。恣(ほしいまま)なり。《老子・30章》→果にして驕かず(あざむかず)。《老子 河上公注》→驕は欺く(あざむく)なり。《漢書・匈奴傳上》→南に大漢有り、北に強胡有り。胡は天の驕子なり。《集韻》→驕は馬の壮ん(さかん)なる皃(かたち)。《詩経・衛風・碩人》→驕たる四牡有り。《詩経 毛亨伝》→驕は壮んなる貌(かたち)。

 古典ぱんメモ  「厚而不能使、愛而不能令」十一家注本・通典・御覧はこれに同じ。武経本・平津舘魏武注本・櫻田景迪《古文孫子》では「愛而不能令、厚而不能使」

驕子=ごとしに該当する字は、十一家注本・通典・御覧では「如」。武経本・平津本・櫻田本では「若」。

「恩不可專用、罰不可獨在、」という句は原典には存在せず、十一家注(十家注)の曹操注にその句がみられます。「曹操曰、恩不可專用、罰不可獨。若驕子之喜怒、對目還害、而不可用也。」(恩を専に用するべからず、罰を独に任するべからず。驕子の喜怒の若し(ごとし)、目(条目・規則)に対し害は還し、而して用うべからざるなり。)

これは原典と曹操の注が融合した形になっています。

※目=モク。ここでは条目・規則と解釈。《論語・顔淵》→其の目を請い問う。《論語集解》→包咸曰く、其の必ず条目有るを知る。故にこれを請い問う。《論語集注》→目は條件なり。

※条目=ジョウモク。条項、箇条書きリスト。《漢書・劉向伝》→其の占験(占術のひとつ)を著す(あらわす)。比類相い従い、各条目あり、およそ十一篇、号して洪範五行伝と曰う。

※條件=ジョウケン。条件。《北史・郎基伝》→罪を得る者衆く(おおく)、條件を逐いて(したがいて)臺省(尚書省)に申す。

※臺省=ダイショウ。台省。漢代の中台・尚書省のこと。唐代の尚書(中台)・門下(東台)・中書(西台)の三省の省庁の総称。《新唐書・劉祥道伝》→漢魏以来、台省に権帰し、九卿(庶務を担当)、常伯(畿内の地方官)の属官と為る。《新唐書・選挙志下》→諸台「省(三省・六省)、寺(九寺)、監(五監)、軍(地方軍・藩鎮・節度使)、衛(中央十六衛・禁軍)、坊(坊正・里正)」府の胥史(役人の数)は六千余人。