当時の民間習俗を探るためのカギ「荊楚歳時記」の魅力を紹介

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今回は古代の民間習俗を記した書のうち最古の部類とされる書、宗懍《荊楚歳時記》の邦訳注本「荊楚歳時記(東洋文庫324)」のおすすめポイントをお伝えします。

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「荊楚歳時記(東洋文庫324)」 おすすめの概要

ボリューム
読みやすさ
くわしさ
お買い得感
総合
  • 原著:宗懍(六朝・梁)、補注:杜公瞻(隋)
  • 訳注:守屋美都雄、補訂:布目潮渢、中村裕一
  • 発行:平凡社
  • 巻数:全1巻(東洋文庫324)
  • 総頁:303ページ(2002年初版15刷)
  • 形状:函入、小B6判、栞紐つき
  • 定価:2300円+税

古代の民俗をさぐるカギ。気合の入った充実の注釈群。

概要
原文と注の基本的な邦訳に加えて、訳者の守屋氏自身が序文で語る「冗長という評価付けを覚悟」して加えたという長めの注釈が大きな魅力になっています。この敢えて長尺にしたという注釈群は、ちょっとした読み物としての楽しみも含みにしていて、読み手の興味を惹きつけます。注釈は長いものになると、一句に対して10ページくらい解説が続いているものもある位の気合の入りようです。

文庫という限られたサイズに収録する関係でありましょうか、原文の掲載は無く、訓読・書き下しのみが掲載されています。現代語訳もないので、仮に訓読に馴染みの薄い方が本書を読んでみようと考えた場合、その点はちょっとだけボトルネックになるかもしれません。

原著の名は《荊楚記》で、杜公瞻が注釈をつけたあたりで《荊楚歳時記》に変化したとされます。荊楚というのは長江中流域の江陵あたりの土地を指し、このあたりの土地は春秋時代の楚が都を置き、その後も歴史にちょくちょく顔を見せる要衝として知られています。

大都会ではないけど決して辺境でもない、中くらいの規模感を持つ荊楚という土地の歳時記は、当時の平均的な民俗文化を読み解くためのカギとして少なからず有効な資料です。

おすすめのポイント

正月におもちを食べるウサギの挿絵

さらに細かく「荊楚歳時記(東洋文庫324)」の魅力についてお伝えします。(参考:2002年3月20日発行 初版15刷)

もちごこち:東洋文庫の布張り表紙

荊楚歳時記の表紙・裏表紙・背表紙

本編とは直接関係はありませんが、東洋文庫特有の小さくてレトロ感がある緑色の布張りの表紙が読書欲を増幅させてくれます。読み込んでいくと背表紙の金ピカな印字タイトルが薄くなっていく感じのエイジングを楽しむことも出来ます。手ざわりも良く気持ちよく読書できます。ごく個人的な感想を言いますと、布張り表紙の東洋文庫というだけで★0.5個プラスしたいほど好きです。

全体の印象

魔よけ・祭祀・供養など、日本との共通点もみることができ、少なからず影響を受けて文化が伝播した様子をうかがい知ることができます。

以下は「荊楚歳時記(東洋文庫324)」の中から、特に興味を引かれたものをいくつかピックアップして魅力の紹介としたいと思います。

正月:爆竹

正月に魔よけとして用いられた爆竹(現代のものとは形状は異なる)は、現在の中国では死語となっており、名称と使用用途まで変化して「景気付け」に頻繁に用いられている様子が注釈で解説されています。ご当地では死語となった爆竹という言葉が、日本でのみ生き残っているという事実には言い知れぬ興味をそそられます。

正月七日:七草粥の起源

あつものを食べるウサギの挿絵

正月七日に「七種の菜を以てあつものをつくる」という記述があります。あつもの(羹)とは煮物・汁物・鍋物のことで、これは日本の七草粥の起源が大陸にあることを示す材料であると見ることもできます。

注釈によれば既に七種菜の文化は大陸の方ではほとんど残っていないようです。

二月八日:シャカの降誕祭

二月八日は釈氏下生の日、迦文成道の時で(中略)行城という儀式を行うという旨の記述があります。

釈氏と迦文とは釈迦(シャカ)のことで、下生は降誕、成道は悟りの道が成ったこと示しており、この日に諸々の儀式にのっとったお祭りが開かれるという事が記されています。本場インドで伝わる日付とは異なりますが、このとき、六朝のころ、民間に仏教文化がしっかり根づいている様子を感じ取ることが出来ます。

春分の日:農期をしらせる謎の鳥のこえ

どこからともなく聞こえてくる謎の鳥の鳴き声に恐怖するウサギの挿絵

春分のころカラスに似た春の鳥がやって来て、そのなきごえを聞いて農業の春仕事のころあいを感じ取る。という旨の記述があります。その鳥の鳴き声は「架架格格」という擬音で表現されています。

この鳥は何であるのかは示されていません。カクカクした鳴き声で、黒い種もいて、暖かくなってやってくる鳥といえば、まずカッコウが連想されます。しかしカッコウであるなら郭公とか布谷鳥とか布穀鳥などの固有名詞で明記されそうなものでありますから、どうやらカッコウとも違うようです。(カッコウに該当する鳥は4月の記述であらわれます。)

こういったちょっとした謎について妄想をはたらかせてみる楽しみもあります。

四月:カッコウのこえで農期を知る

四月の鳥を獲穀といい、(カッコウの)名を自ら呼ぶという記述があります。そしてその鳴き声を聞いて4月期の農期のタイミングを知るという旨の記述がされています。

獲穀はカッコウのことで、《爾雅》では鴶鞠と表現され、鴶鞠は六朝・晋では布穀に該当し、江東では獲穀と呼ぶ。という杜公瞻の注釈が付けられています。カッコウさんはこちらにいました。

いろんな名前が付けられているカッコウ。本書の解説ではたっぷり文字を割いて説明がされています。そちらの説明(青木正児《子規と郭公》より)を抜粋してまとめると、

カッコウのなまえ
[list class=”list-raw”]

  • 最初は鴶鵴とよび華北に棲息
  • 漢代に布穀
  • 唐代に郭公
  • 郭公の別名は多数あり、獲穀はそのひとつ
  • 獲穀は呉(江東)の方言。唐代の呉で郭公
[/list]

という説明がされています。荊楚の土地は江東との連絡が良い土地ですので、カッコウを獲穀と表記しているところを見て、荊楚と江東との文化に共通したものが流れている様子を感じ取ることが出来ます。

このような感じで注釈が充実していますので、雑学としての楽しみも多いところが魅力です。

七月七日:おりひめとひこぼし

愛の告白

牽牛織女、聚会の夜と為す。という記述があります。これは天体の星の動きを示していて、織姫(織女)と彦星(牽牛郎・牛飼い)が天の川に聚い(つどい)再会する特別な日をあらわしています。

当時の荊楚の民間レベルでは、この二つの星に対してのお祭りは開かれていません。中央レベルでは後漢の《四民月令》や《風土記》に星に対して祈る旨の記述があり、この流れが後の世の七夕祭りの基礎となったようです。こちらの解説にも多くのページが割かれています。

七月七日:おりひめ伝説

この夜、七孔の針を穿ち(中略)以て巧を乞う。という記述があります。これは婦女が針やお供え物をまつって裁縫の上達を願う風習です。七孔の針というのは、針穴が7つある針を指しています。これをつかえば複雑なステッチで織物を作ることが出来ます。(参考→クロバー株式会社(針穴が二つある針のおはなし)

この織女がおこなう乞巧のお祭りが七夕祭りと結びついたと考える事ができ、その経緯について本書でも注釈が付けられています。

七月七日:衣類と書物の天日干し

七月七日に経書及び衣裳をむしぼすとあります。これは白魚という服や本を食い荒らす害虫を天日で干して防除する風習です。

なぜ七月七日なのか、という疑問について、本書では7という数字は陽の数であり、それが重なる七月七日には特別な意識がこめられていると解釈。その根拠について注釈も付けられています。要するに祈ったり祓ったりお願いしたり、いろいろと縁起の良いお日柄なのだと考えられていたようです。

十一月:野菜の乾物と漬物

かぶら等を干して乾物野菜をつくる。という旨の記述があります。これは寒い時期に備えて野菜を乾物にし、水で戻して料理に使う保存食を指しています。

杜公瞻の注釈では詳しいレシピを紹介しています。すなわち、

杜公瞻おすすめ!二日酔いに効く漬物レシピ
  • 1:お好みの茎野菜を干して乾物にする。
  • 2:もち米の粉末を胡麻汁とあわせてタレをつくる。
  • 3:タレに乾物をつけこみ、漬物石を乗せ、絞りながら発酵させる。
  • 4:できあがり。乾物はやわらかくて甘く、タレの味も酸味が利いている。
  • 5:この茎の乾物を金釵股といい、酒を醒ますに宜しき所なり。

金釵股というのは、かんざしの様な見た目のことと、石斛(金釵の別名)という植物・漢方薬(明・李時珍《本草網目・草九・石斛》)を含みにした言葉です。酔いに効くところから、このレシピは薬膳としても機能していたようです。

他の項目でもこういった具体的なレシピについての記述を見ることができます。本書ではそれらに関する注釈も充実しています。

十二月:ゆく年くる年

正月に家族揃っておもちを食べるウサギの挿絵

歳末の風習。その歳の干支を牌に記し、家族が集まって料理をかこみながら歳を送る。料理をいくらか残し、新年十二日に街の一角に棄てて新年の奉納とする。という旨の記述があります。

こうした歳末に、とりあえず皆がごく自然に行っている営みの、もともとの意味づけ・原義とは何なのか、ということについて本書の注釈で触れています。平和と繁栄・万物への感謝祭・仕事のねぎらい・先人への感謝などの要素を浮かび上がらせ、各史料を引き合いにしながら深々とした考察が展開されています。

オススメのまとめ

このような当時の民俗文化を感じつつ、本書に収録されている興味を引くコラム記事的な注釈の数々が「荊楚歳時記(東洋文庫324)」の魅力です。

こんな人にオススメ
  • 民間習俗モノが好きな人
  • 六朝の民俗に興味がある人
  • 注釈を読むのが好きな人
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