古典「孫子」を翻訳するコツ&注意点・漢文訓読獣道

古典翻訳のコツと、初心者がはまりやすいポイントを、ひらたい言葉で説明していくページです。今回の題材は「孫子兵法」こちらの古典を使用し、翻訳作業のながれを追いつつ解説していきます。

漢文訓読獣道

竹藪イメージ

コンセプト

母国語翻訳は「わかりやすい」というメリットがありますが、「正確さを欠きやすい」というデメリットも含んでいます。

外国語をただしく理解する為の一番よい方法は「自分で原文を読めるようにすること」です。中国古典もこれと同じく「自分で原文を読める」ことができれば、漢文古典の本意をただしく読み解きやすくなります。

ここではそのためのコツを、初心者向けに特化し、泥臭い体験談もまじえながら、感覚的に理解できるように解説していきます。

おすすめ書籍

泥臭いケモノ道へすすむ前に、おすすめ書籍を紹介します。原文を理解する方法のひとつに「訓読」という技術があり、こちらの書籍はその「訓読」技術がわかる本です。

書籍の時点で基本を覚えて、それで原文が読めるようになれば最善です。わざわざこの先の獣道で靴をよごす必要もありません。ですが、いまひとつ分からない部分が有るようでしたら、以下の獣道に「読み解くヒント」がポロッと落ちているかもしれません。

古典「孫子」を翻訳するコツ&注意点

各ポイントを列挙していきますので、興味のある部分を拾って読んでください。

【也】の翻訳のしかた

孫子のいろんなところに登場するのが「」です。多くの場合は「~である」とか「~です」などと訳します。

語尾付け方は自由なので「~だぜ」でも「~だわさ」でも「~だぴょーん」でも間違いではありませんが、あんまり外れると色物として、冷ややかな目で見られてしまうデメリットがあります。すこし試してみましょう。

存亡之道、不可不察也。

訳:国の存亡がかかっていますので、熟慮しないわけには行かないのだぴょ~ん。

私は嫌いではありませんが、人によっては怒り出しかねません。ですので、特に強い意図がなければ無難に訳しておくのが、心象を損なうこともないのでオススメです。

(※ すべての場合に「ですます調」が当てはまるということではありません。たとえば《春秋左氏伝・成公二年》では「惜也」を「おしいかな」という風に訳したりする場合もあるので、油断せず文脈に気をつけながら翻訳しないとなりません。)

【不可不察】二重否定の形・原文のニュアンス問題

不可不察也。

孫子の冒頭に登場する「不~不」のかたちは二重否定の形です。この場合は書き下すと「察せざるべからざるなり」と訓読できます。

「ざるざるざるざる」いったい良いのか悪いのかどっちなの? と私は疑問を感じた覚えがあります。考え方としては「不可」と「不察」の2つの言葉に分けると分かりやすくなります。

「不可」は「~はナシ」という意味です。ここでは「不察」なのがダメということになります。つまり噛み砕くと「考えないのはナシ」「察しないわけにはいかない」という感じです。

■注意点「ニュアンス」

「察しないわけにはいかない」ということは、つまり「考えろ」と訳しても大筋(意訳)としては間違いではありませんが、原文のニュアンスを正確に伝えるものではありません。ですので、原文を重んじるのならば、細かいニュアンスは生かさなくてはなりません。

【令民與上同意】使役の形・よむ順番の考え方

令民與上同意

初心者が原文を読んでいくと、だいたいこのあたりから苦しくなってきます。読む順番や入れ替える順番がわからなくなってくるのですよね?

結論を言えば「民上與意同令」という順番に整えるのが通例です。「令」が頭にくる句は、だいたいの場合「~しむ」という使役形の文章になります。

民上與意同令→ 民をして上與(と)の意を同じくせ令(しむ)

よむ順番の入れ替え方のコツは、経験によるところが大きいです。たくさん翻訳すると一定のパターンが見えてきます。パターンを多く覚えると、入れ替えた後に感じる「うまくハマった」という感覚が研ぎ澄まされていきます。ヒントとしては、漢字を入れ替えて日本語の文法に「ハマった」ならば、大体その翻訳の方向性はうまくいっています。「ハマった」感覚を手がかりに整えていけば、通例があまりないような漢文も、パズルを解くような感覚で楽しむことができるようになります。

■練習法

孫子くらいメジャーな古典だったら、お手本となる書籍が山程ありますので、それらの通例を確認して、答え合わせをしながら練習することが出来ます。その時に使うテキストは、原文と書き下しが付いているものを選ぶのがオススメです。

【法者曲制官道主用也】熟語と名詞の見分けかた

法者曲制官道主用也

こちらは予備知識がないと素直には翻訳することが出来ない句です。たとえば

法とは制を曲げて道を官する主を用いる也

それっぽく並び替えてみてもパッとしません。「なにかが違う」という感覚があれば、このなかに「熟語」や「名詞」や「人名」などが潜んでいないか調べていくのが基本です。

おすすめ漢和辞典の上位モデルのような辞典などを利用すると、「熟語」や「名詞」や「人名」などを割り出すことが出来る場合があります。

法とは曲制・官道・主用なり

曲制・官道・主用という熟語が割り出せた場合は、あえて日本語に崩さずに熟語のまま訳することが出来ます。熟語の意味について注釈を加えておくと、読み手に意味が伝わるので良い方法です。

【勢者因利而制權也】表記を省略できる文字・ニュアンス記号

勢者因利而制權也

通例の書き下しは「勢とは利に因りて権を制するなり」です。の文字を加えて「勢は利に因り而して権を制するなり」としても間違いではありません。前者にも「因りて」という形で而のニュアンスが反映されており、省略はしていますが意味は盛り込まれています。

「訓読」技術のお約束として「くどい」文字は表記を省略できる、というルールがあります。「而」の字もそのうちの一つで、このような文脈であれば「而」を入れても入れなくてもOKな文字です。

こういった特別なルールを持った文字は、辞典や参考書などにまとめられているので、そちらを片手に参照しながら翻訳するとミスを減らすことが出来ます。

【為】いろんな意味を持った言葉の意味付け

地味に迷うのが「為」です。

「~する」「~を行う」「~だとする」「~なる」「~される」「~ため」など色々な意味を持ちます。たとえば始計篇(計篇)の、

乃爲之勢

の場合は「すなわち之が勢を為し」という風に訓読され、謀攻篇の、

爲不得已

の場合は「やむを得ざるが為(ため)」と訓読されます。

為尚書郎

孫子ではありませんが、この場合は「尚書郎と為る」と訓読できます。

それぞれ異なるニュアンスを表現したものですが、その使い分け方は前後の文脈から判断していくことになります。

乃爲之勢、以佐其外

ひとつめの文脈をみると、~以てと繋がっていることから、「何かが設定され」それを使うことがわかります。つまり「為す」系がマッチすると判断ができます。

攻城之法、爲不得已

ふたつめの文脈をみると、城を攻める手段は~、と繋がるところから、「なにかを説明する」ことが予測できます。つまり「~のため」系がマッチすると判断できます。

為尚書郎、年二十餘卒

みっつめの文脈をみると、その後に亡くなったことがわかります。つまり「~となったが」系がマッチすると判断できます。

このように前後の文脈を見ながら判断し、意味付けを行って馴染ませていきます。

難しい漢字を入力する方法

翻訳作業の手間のひとつに漢字入力があります。素直に表示できる漢字もあれば、辞書ファイルに登録されていなくて、探さないと入力できない文字もあります。そんなときの漢字検索を楽にしてくれる便利サイトを下記のリンクの先で紹介しています。

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単純なコピペで済ませたいなら、下記のページをご利用ください。

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自分で翻訳してみることの意味

プロの書籍が既に山ほどあるのに、あらためて自分の手で翻訳してみるメリットは、翻訳の練習が捗ることにあります。答え合わせをしながら、スムーズに訓読の技法や翻訳の仕組みを理解することができます。

孫子くらい広く普及していてメジャーな古典であれば、書籍の値段も安価です。安価であればテキストを気軽に入手しやすいです。このような入手のしやすさは学習素材としても大きな魅力です。

お手本を確認しながら自分で翻訳してみるという方法は、孫子に限らず色々な古典の場合でも有効な学習法です。一つの古典で基本がわかれば、他の古典にも応用できる技術と知識が身につきます。