黄石公三略・上略の現代語訳(+解釈の注釈)

こちらは《三略》上略の原文と訳文(現代語訳)です。備忘を兼ね、ポイントとなる箇所に解釈典拠の脚注を付しています。

関連 《三略》上略

関連 《三略》中略

関連 《三略》下略

《三略》という書は、伝説・伝承としては太公望の思想を受けた黄石公の著書で、張良に授けられた書とされますが、考証としてはその真実性は薄いと考えられ「黄石公の書」という設定のうえに作られた別人の書であると考えるのが通例です。

内容としては、儒家・道家・法家・陰陽・縦横などの思想がほどよく盛り込まれた書でありまして、癖のないバランスの良い味わいが魅力です。この特徴は《素書》とも共通しています。

関連 三略の由来について:劉寅《三畧直解》巻上より

関連 《素書》現代語訳

凡例

  • 原文
    原文
  • 書き下し
    書き下し
  • 現代語訳
    現代語訳
  • ひとくちヒント
    ヒント
  • 語句解説
    語句
    注釈内容
  • ※ 便宜上、文脈ごとに番号をつけて分けています。また、その句のキーワードとなる書き下しを、その文脈の見出しにしています。

    ※ 原文には解釈典拠・参考書籍を示す脚注がつきます。脚注はポイントとなる箇所のみに限定しています。

    ※ ここでの原文とは、白文に句読点がついたものも含めて指しています。

三略・上略

上略01:治國安家は人を得ればなり

  • 原文
    夫主將之法、務攬注1:明・劉寅《三略直解》攬=延攬。/延攬は招いて收攬すること。收攬とは心などを掌握すること。/語出《東觀漢記・鄧禹傳》莫如延攬英雄英雄之心、賞祿有功、通志于眾、故與眾同好、靡不成、與眾同惡、靡不傾注2:蕭尚兵《武経直解》傾=傾心。。治國安家、得人也、亡國破家、失人也、含氣之類注3含氣之類:明・劉寅《三略直解》含氣之類=含氣有生之類。、咸注4:蕭尚兵《武経直解》咸=全部。願得其志。
  • 書き下し
    夫れ主將の法は、務めて英雄の心を攬り、有功を賞祿し、志を眾に通ず、故に眾と好みを同じうすれば、成らざるは靡く、眾と惡しみを同じうすれば、傾かざるは靡し。國を治め家を安んずるは、人を得れば也、國を亡くし家を破るは、人を失えば也、含氣の類、咸(みな)其の志を得んことを願う。
  • 現代語訳
  • 主たる将のやり方というのは、まずガッチリ部下の心を掴み、功績を賞し、自らの志を皆に浸透させることです。

    ですから皆と好みを同じくすれば、成し遂げられないことは無いし、皆とにくしみを同じくすれば、心を傾けてくれないことなどありません。

    国を治めることも家を安定させることも、まずは人の心を得ればこそ為せるものです。国も家も亡くしてしまう要因は、つまりは人の心を失うことにあるのです。

    人類は皆、自分たちの思いを実現したいと願っているのです。

  • ひとくちヒント
    チームをまとめるには人心掌握が肝要
  • 語句解説
    含氣
    がんき。ここでは生命の有るものを形容する言葉、つまり人間と解釈します。/語出《漢書・賈捐之傳》故君臣歌德含气之物各得其宜。など

上略02:柔よく剛を制す

  • 原文
    軍讖注5軍讖:明・劉寅《三略直解》讖=騐(験)。経験にもとづく将の言行録。/蕭尚兵《武経直解》軍讖=古代兵書、已佚。曰、柔能制剛、弱能制強。柔者、德也注6:蕭尚兵《武経直解》德=美徳。。剛者、賊也注7:蕭尚兵《武経直解》賊=禍害。。弱者、人之所助、強者、怨之所攻。柔有所設注8柔有所設:明・劉寅《三略直解》柔有所設=不妄設也。/蕭尚兵《武経直解》渭在需要用柔処用柔。、剛有所施、弱有所用、強有所加、兼此四者、而制其宜。
  • 書き下し
    軍讖に曰く、「柔能く剛を制し、弱能く強を制す」と。柔は德也。剛は賊也。弱は人の助くる所なり、強は怨みの攻むる所なり。柔は設くる所あり、剛は施す所あり、弱は用うる所あり、強は加うる所あり、此の四者を兼ね、而して其の宜しきを制す。
  • 現代語訳
  • 《軍讖》にこうあります「柔よく剛を制し、弱よく強を制す」と。

    柔に身を置けば美徳を得ますが、剛に身を置けば賊として憎まれます。弱に身を置けば人の助けがありますが、強に身を置けば怨まれて攻められます。

    ですが、柔はものごとに対応して備えることができ、剛は動いて与えることができ、弱は無茶をせずに人を用いることができ、強は及ぼすことができます。

    この柔・剛・弱・強の四者には、ここであげたような使い所がありますので、うまい具合に制御して使うことです。

  • ひとくちヒント
    どんな者にも良し悪しがあり、それを上手く見極めてつかうことが肝要
  • 語句解説
    軍讖
    ぐんしん。古代の書名と解釈するのが通例で、現代には伝わっていない佚書とされています。

上略03:端末いまだ見われずんば、人の能く知る莫し

  • 原文
    端末未見、人莫能知。天地神明、與物推移。變動無常、因敵轉化。不為事先、動而輒隨。故能圖制無疆注9圖制無疆:蕭尚兵《武経直解》圖制=謀求制胜(胜の繁体字は勝)。無疆=極限。、扶成天威。匡正注10匡正:武経本では匡正。四庫全書では康正。両者大意はおなじ。/匡は正すこと。康は安んずること。ここでは八極(八方)天下を平定すると解釈します。/《論語》一匡天下八極、密定九夷。如此謀者、為帝王師。
  • 書き下し
    端末いまだ見われずんば、人の能く知る莫し。天地は神明、物と推移す。變動無常、敵に因りて轉化す。事先と為らず、動けば輒ち隨う。故に能く無疆の制を圖り、天威を扶成す。八極を匡正し、九夷を密定す。此の如く謀る者は、帝王の師たり。
  • 現代語訳
  • 事象という手がかりがなければ知る由がありません。

    天地のはたらきは神妙で、物事とともに推移するものです。常にとどまることなく変動し、敵に対応して転化します。はやまった行動はせずに動くということは、つまり敵に対応して変化するということです。

    ですから上手く姿形を見せずに勝利を企図し、天下に威をしめすことを成し遂げられるのです。八方の領土を平定し、辺境部族を鎮められるのです。

    このように動くことができる者は、帝王の器にふさわしいと言えます。

  • ひとくちヒント
    自在に変化して事を為す
  • 語句解説
    九夷
    きゅうい。九つの夷・えびす(胡族)。当時の中央から見た辺境部族・異民族勢力のこと。

上略04:若し能く微を守らば、乃ち其の生を保たん

  • 原文
    故曰、莫不貪強、鮮能守微。若能守微、乃保其生。聖人存之、以應事機。舒之彌四海、卷之不盈懐注11(怀):武経本では懐(怀)。四庫全書では杯。、居之不以室宅、守之不以城郭、藏之胸臆、而敵國服。
  • 書き下し
    故に曰く、「強を貪らざること莫く、能く微を守ること鮮し」と。若し能く微を守らば、乃ち其の生を保たん。聖人これを存し、以て事機に應ず。之を舒ぶれば四海に彌り、之を卷けば懐を盈たず、之を居くに室宅を以てせず、之を守るに城郭を以てせず、之を胸臆に藏し、而して敵國を服す。
  • 現代語訳
  • ですからこう言われます「強を追求せずにいられないものは、上手く微妙なるものを守ることが少ない」と。もし微妙なるものを守れば、すなわち生を全うすることができます。

    それをわきまえた聖人は、それを守って物事に対応します。

    それを伸ばせば四海(天下)に届き、それを巻けば懐に収まるので、それを収納する倉庫もいらないし、それを守るのに城も必要としません。これを胸に収めておけば、敵国を屈服させることができるのです。

  • ひとくちヒント
    微妙なる天地のはたらきを胸に秘めれば生を保てる
  • 語句解説
    上略03で触れた「天地のはたらき」のこと。微妙で神妙な天地のはたらき。つまり自在に対応できる柔軟な姿勢と解釈できます。

上略05:賢信ずること腹心の如く、民使うこと四肢の如く

  • 原文
    軍讖曰、能柔能剛、其國彌光。能弱能強、其國彌彰。純柔純弱、其國必削。純剛純強、其國必亡。夫為國之道、恃賢與民。信賢如腹心、使民如四肢、則策無遣。所適、如肢體相隨骨節相救、天道自然、其巧無間。
  • 書き下し
    軍讖に曰く、「能く柔に能く剛なれば、其の國に光彌る。能く弱に能く強なれば、其の國に彰彌る。純ら柔に純ら弱なれば、其の國必ず削らる、純ら剛に純ら強なれば、其の國必ず亡ぶ」と。夫れ國の為むるの道は、賢と民とを恃む。賢信ずること腹心の如く、民使うこと四肢の如くすれば、則ち策に遣す無し。適く所、肢體相い隨い骨節相い救うが如く、天道の自然、其の巧に間なし。
  • 現代語訳
  • 《軍讖》にこうあります「上手に柔と剛をつかいこなせば、その国に光(栄光)が広がる。上手に弱と強をつかいこなせば、その国の威が明らかとなる。愚鈍に柔と弱にこだわれば、その国はかならず衰退し、愚鈍に剛と強にこだわれば、その国は必ず滅ぶ」と。

    そもそも国を治める道というのは、賢智ある者と下々の民衆に頼るものです。賢智ある者を信頼すること腹心の如く、民衆を使うこと手足の如くできれば、すなわち政策を不足なく実行できるのです。

    つまりそれは、手足と体がよく連動し、骨と関節がよく連動するようなもので、それは天の道としても自然であり、その巧みな行いに付入る隙きはありません。

  • ひとくちヒント
    両極をつかいこなせばパーフェクト

上略06:軍國の要

  • 原文
    軍國之要、察眾心、施百務。危者、安之。懼者、歡之。叛者、還之。冤者、原之、訴者、察之。卑者、貴之。強者、抑之、敵者、殘之。貪者、豐之。欲者、使之。畏者、隱之。謀者、近之。讒者、覆之。毀者、復之。反者、廢之。橫者、挫之。滿者、損之。歸者、招之。服者、居之注12:武経本では居。四庫全書では活。。降者、脫之。獲固、守之。獲阨、塞之。獲難、屯之。獲城、割之。獲地、裂之。獲財、散之。敵動、伺之。敵近、備之。敵強、下之。敵佚、去之。敵陵、待之。敵暴、綏之注13:武経本では綏。四庫全書では緩。。敵悖、義之。敵睦、攜之。順舉挫之注14順舉挫之:明・劉寅《三略直解》吾順人心而舉事則能挫敵之威。/吾れ人心に順いて事を挙げれば、則ち能く敵の威を挫く。/蕭尚兵《武経直解》順舉=根据敵人的行動(採取相応的対策)→敵の動きに対応した行動。。因勢破之。放言過之。四網羅之。得而勿有、居而勿守、拔而勿久、立而勿取注15立而勿取:明・劉寅《三略直解》敵已立君而主社稷勿。/敵すでに君を立てるとき、而して社稷の主となること勿れ。。為者則己、有者則士、焉知利之所在。彼為諸侯、己為天子、使城自保、令士自取注16:武経本では取。四庫全書では處。
  • 書き下し

    軍國の要は、眾心を察し、百務を施す。危うき者は、これを安んず。懼るる者は、これを歡ばす。叛く者は、これを還す。冤なる者は、これを原し、訴うる者は、これを察す。卑しき者は、これを貴くす。強き者は、これを抑え、敵する者は、これを殘う。貪る者は、これを豐かにす。欲する者は、これを使う。畏るる者は、これを隱す。謀ある者は、これを近ずけ、讒ずる者は、これを覆す。毀る者は、これを復す。反する者は、これを廢す。橫なる者は、これを挫く。滿つる者は、これを損ず。歸する者は、これを招く。服する者は、これを居く。降る者は、これを脫す。

    固きを獲て、これを守る。阨を獲て、これを塞ぐ。難を獲て、これを屯す。城を獲て、これを割く。地を獲て、これを裂く。財を獲て、これを散ず。敵動けば、これを伺う。敵近ければ、これに備う。敵強ければ、これに下る。敵佚すれば、これを去る。敵陵げば、これを待つ。敵暴なれば、これを綏んじ。敵悖れば、これを義す。敵睦めば、これを攜す。舉に順いてこれを挫く。勢に因りてこれを破る。言を放ちてこれを過む。四網してこれを羅む。得て有すること勿れ。居りて守ること勿れ。拔きて久すること勿れ。立ちて取る勿れ。

    為す者は則ち己、有する者は則ち士、焉んぞ利のある所を知らん。彼は諸侯たり、己は天子たり、城をして自ら保たしめ、士をして自ら取らしむ。

  • 現代語訳
  • 軍と国の要は、民衆の心を察し、そして責務を実施することです。

    危険があれば安定させ、恐怖すれば歓待し、背けば戻し、冤罪があれば赦し、訴えがあれば調査し、低い立場の者は引き上げます。強いものは抑え、敵対するものは撃ち、むさぼるものは豊かにし、欲するものは与え、畏れるものは隠し、謀略に優れたものは登用し、讒言するものは誤りを覆し、そしるものは誤りを復し、反乱するものは廃し、専横するものは挫きます。満ちているものは絞り、帰順するものは招き、服従するものは受け入れ、降るものは許します。

    固き場所に獲得したら守り、険しい場所を獲得したら塞ぎ、難所を獲得したら駐屯し、城を獲得したら部下に分け与え、土地を獲得したら部下に分け与え、財を獲得したら部下に分け与えます。

    敵が動いたら探り、敵が近づいたら備え、敵が強ければ下手に出て、敵が充実していれば避け、敵が優勢であれば待ち、敵が激しければ疲れを待ち、敵が無道であれば正道で応じ、敵が連携していれば離間をはかります。

    敵の挙動に応じて挫き、勢に因って破り、喧伝して貶め、四方に網を張って人や情報を集めます。

    利を得ても独り占めしてはなりません。得ても守り続けてはなりません。得ても長居してはいけません。敵が新君を擁立したら攻めてはなりません。

    行動を指示したのは自分ですが、実際に得るのは部下であり、自分は実利を得ません。しかし部下はせいぜい諸侯にとどまるのに対し、自分はすでに天子なのです。城は部下に守らせ、統治は部下に委任するものです。

  • ひとくちヒント
    バランス感覚を大切にし、利を得ても独り占めにせず、部下のことも引き立てるのが肝要

上略07:幹を得て其の本を收む

  • 原文
    世能祖祖、鮮能下下。祖祖為親、下下為君。下下者、務耕桑、不奪其時、薄賦斂、不匱其財。罕徭役、不使其勞、則國富而家娛、然後選士以司牧之。夫所謂士者、英雄也。故曰羅其英雄、則敵國窮。英雄者、國之幹。庶民者、國之本注17:明・劉寅《三略直解》庶民者國家之根本。得其幹、收其本、則政行而無怨。
  • 書き下し
    世、能く祖を祖とするも、能く下に下ること鮮なし。祖を祖とするは親たり、下に下るは君たり。下に下る者は、耕桑を務め、其の時を奪わず、賦斂を薄くし、其の財を匱しくせず。徭役を罕にし、其の勞をせしめざれば、則ち國富みて家娛しむ、然る後に士を選び以てこれを司牧す。夫れ所謂士とは、英雄なり。故に曰く其の英雄を羅すれば、則ち敵國は窮す。と。英雄とは、國の幹。庶民は、國の本。其の幹を得て、其の本を收むれば、則ち政行われて怨なし。
  • 現代語訳
  • 世間ではよく祖先を祀っていますが、よく下々の立場を考える者は少ないです。祖先を祀るのは親族の礼からであり、下々の立場を考えるのは君主の責務です。

    下々の立場を考えるとは、耕地を改善し、効率を高め、税を薄くし、その財を圧迫せず、兵役を軽くし、その労力を疲れさせなければ、すなわち国は富み民の暮らしも楽になり、そのようにしてから部下を選んで民を統治させます。

    ここでいう部下とは、優れた人材のことを言います。ですからこのように言われます「優れた人物を広く集めれば、すなわち敵国は困窮する」と。優れた人物は国の根幹です。庶民は国の根本です。根幹を得て根本をおさめれば、すなわち政治が行われて怨むものは無くなります。

  • ひとくちヒント
    民を労り人材を集めれば丈夫な根となる
  • 語句解説
    賦斂
    ふれん。田賦、農地の税収のこと。/語出:《春秋左伝・成公十八年》薄賦斂宥罪戻。
  • 語句解説
    徭役
    ようえき。軍役・兵役・労役などのこと。/語出:《韓非子・略内》徭役少則民安、
  • 語句解説
    司牧
    しぼく。管理・統治・官吏のこと。/語出:《春秋左伝・襄公十四年》天生民而立之君使司牧之勿使失性。

上略08:用兵の要は禮を崇くして祿を重くするに在り

  • 原文
    夫用兵之要、在崇禮而重祿。禮崇則智士至、祿重則義士輕死。故祿賢不愛財、賞功不瑜時、則下力并、敵國削。夫用人之道、尊以爵、贍以財、則士自來。接以禮、勵以義、則士死之。
  • 書き下し
    夫れ用兵の要は、禮を崇くして祿を重くするに在り。禮を崇くすれば則ち智士至り、祿重ければ則ち義士の死を輕んず。故に賢を祿するに財を愛まず、功賞するに時を瑜えざれば、則ち下は力を并せ、敵國は削らる。夫れ用人の道は、尊ぶに爵を以てし、贍すに財を以てすれば、則ち士自ずから來たる。接するに禮を以てし、勵ますに義を以てすれば、則ち士これに死す。
  • 現代語訳
  • 兵を用いるときの要は、礼を厚くして俸禄を重くすることにあります。礼を厚くすれば智者が集まり、俸禄が重ければ優れた人材も身を投げ出して働きます。ですから賢者の俸禄は惜しまず、功績を賞するに躊躇しなければ、部下は力をあわせ、敵国を破ってくれます。

    人を用いる方法は、厚遇するのに爵位を与え、高揚するのに財を与えるようにすれば、すなわち湯集な人材が勝手に集まってきます。接するに礼遇し、奨励するに義を以て接すれば、すなわち優秀な人材は身を投げ出して働くのです。

  • ひとくちヒント
    厚く遇すれば部下はよく働く

上略09:恩を蓄えて倦まざれば、一を以て萬を取る

  • 原文
    夫將帥者、必與士卒同滋味、而共安危、敵乃可加。故兵有全勝、敵有全因。昔者、良將之用兵、有饋簞醪者。使投諸河、與士卒同流而飲。夫一簞之醪、不能味一河之水。而三軍之士、思為致死者、以滋味之及己也。軍讖曰、軍井未達、將不言渴。軍幕未辦、將不言倦。軍竈未炊、將不言飢。冬不服裘、夏不操扇、雨不張蓋、是謂將禮。與之安、與之危。故其眾、可合而不可離、可用而不可疲、以其恩素蓄、謀素合也。故曰、蓄恩不倦、以一取萬。
  • 書き下し

    夫れ將帥は、必ず士卒と滋味を同じうし、而して安危を共にするは、敵すなわち加う可し。故に兵全勝あり、敵全因あり。昔は、良將の兵を用うるや、簞醪を饋る者あり。諸(これ)を河に投ぜしめ、士卒と流れを同じうして飲む。夫れ一簞の醪は、一河の水を味すること能わず。而るに三軍の士、為に死を致さんと思うものは、滋味の己に及ぶを以て也。

    軍讖に曰く、「軍井いまだ達せざれば、將、渴を言わず。軍幕いまだ辦ぜざれば、將、倦を言わず。軍竈いまだ炊せざれば、將、飢を言わず。冬は裘を服せず、夏は扇を操らず、雨は蓋を張らず、是れ將の禮と謂う」と。之と與に安く、之と與に危うくす。故に其の眾、合すべくして離るべからず、用うべくして疲るべからず、其の恩素より蓄え、謀素より合するを以て也。故に曰く、恩を蓄えて倦まざれば、一を以て萬を取る。

  • 現代語訳
  • 将帥というものは、日頃から士卒と飲食を共にし、苦楽を共にするもので、そのようにして敵との戦いに及ぶことができるのです。そうであればこそ兵は勝利し、敵を平らげることができるのです。

    昔の話にこうあります「良將が軍を指揮していた時、酒を贈るものがおり、それを河に流して、兵士たちと河の水を飲んだ」と。ちょっとくらい河に流したくらいでは河の水から酒の味などしません。しかし、将のために身を投げ出して戦おうと思うのは、共に酒を味わおうとするその気持ちを受けてのことなのです。

    《軍讖》にこうあります「陣中の井戸を掘っても水脈に達しないうちは、将軍は渇きを口にしない。陣の設営が終わらないうちは、将軍は倦怠を口にしない。軍の食事が準備できないうちは、将軍は空腹を口にしない。冬は着込まず、夏は扇子をつかわず、雨に傘をつかわない。これを将の礼という」と。

    このように苦楽を共にすれば、部下は結束して離れることがなく、労を惜しまず働きます。それはつまり普段から恩恵を施し、普段から思想を一つにしているからなのです。ですからこのように言います「恩を与え続けて怠らなければ、一つのことで万人の味方を得られる」

  • ひとくちヒント
    兵士と苦楽を共にして恩恵の施しを怠らない
  • 語句解説
    滋味
    じみ。あじわい、または物事の深い味わい、苦楽のこと。/語出:《管子・戒》滋味動靜生之養也好惡喜怒哀樂生之變也。《隸釋・漢議郎元賓碑》加有聰明睿哲之才博五経之滋味。
  • 語句解説
    簞醪
    たんろう。まるっこい竹容器。樽、または、ひょうたんのような酒器。/《説文解字》簞、笥也。《廣韻》醪、濁酒。

上略10:將は令を還すなく、賞罰は必ず信にして

  • 原文
    軍讖曰、將之所以為威者、號令也。戰之所以全勝者、軍政也。士之所以輕戰者、用命也。故將無還令、賞罰必信、如天如地、乃可御人注18乃可御人:武経本では乃可御人。四庫全書では乃可使人。。士卒用命、乃可越境。夫統軍持勢者、將也。制勝敗敵者、眾也。故亂將不可使保軍、乖眾不可使伐人。攻城不可拔、圖邑則不廢。二者無功、則士力疲弊。士力疲弊、則將孤眾悖、以守則不固、以戰則奔北、是謂老兵。兵老、則將威不行。將無威、則士卒輕刑。士卒輕刑、則軍失伍。軍失伍、則士卒逃亡。士卒逃亡、則敵乘利。敵乘利、則軍必喪。
  • 書き下し

    軍讖に曰く、「將の威を為す所以は、號令なり。戰の全く勝つ所以は、軍政なり。士の戰を輕んずる所以は、用命なり」と。故に將は令を還すなく、賞罰は必ず信にして、天の如く地の如くすれば、乃ち人を御すべし。士卒の命を用うれば、乃ち境を越ゆべし。

    夫れ軍を統べ勢を持するものは、將なり。勝を制し敵を敗るものは、眾なり。故に亂將は軍を保たしむべからず、乖眾は人を伐たしむべからず。城を攻むれば拔くべからず、邑を圖れば則ち廢せず。二者功無くんば、則ち士力疲弊す。士力疲弊すれば、則ち將孤にして眾悖り、以て守れば則ち固からず、以て戰えば則ち奔り北ぐ、是れ老兵と謂う。兵老いれば、則ち將の威行なわれず。將の威なければ、則ち士卒刑を輕んず。士卒刑を輕ずれば、則ち軍の伍を失す。軍の伍を失すれば、則ち士卒逃亡す。士卒逃亡すれば、則ち敵利に乘ず。敵利に乘ずれば、則ち軍必ず喪びん。

  • 現代語訳
  • 《軍讖》にこうあります「将の威を示すことができるのは、号令の効果です。戦の完全勝利は、軍政の効果です。兵士が身を投げだして戦うのは、命令を実行しようとする気持ちです」と。ですから将は命令を軽々しく取り消さず、賞罰は天地のごとく真っ直ぐに行うものです。そうであればこそ人を使いこなす事ができるのです。そして兵士は命令を実行するため、国の境を越えて行くのです。

    軍を統率し態勢を整えるのは将軍です。勝負を制し敵を破るのは兵士です。ですから乱れた将軍が統率しても軍は整わず、統制の取れない兵士が戦っても敵を討つことが出来ません。そうなれば城を攻めても抜けず、町を攻めても落とせません。二者の攻略が上手くいかなければ、兵士の気力は衰え疲弊します。兵士が疲弊すれば、将軍は孤立して兵士は四散して離れます。そうなれば守っても固さはなく、戦えば敗北します。これを「老兵」と言います。

    兵が老い疲れれば、将軍の威は弱まり、将軍の威がなければ、兵士は刑罰を軽くみるようになります。そうなれば小隊は統制を失い、兵士は逃亡します。兵士が逃亡すれば、敵がそれに乗じて攻め寄せます。利に乗じた敵と戦えば、我軍は必ず敗れます。

  • ひとくちヒント
    軍令と賞罰を徹底すれば将軍の威信は保たれる
  • 語句解説
    乖眾
    かいしゅう。衆の乖離。混乱、乱れている様。/《玉篇》乖=戾也、異也。睽也、背也。

上略11:賞罰明らかなれば、則ち將の威行なわる

  • 原文
    軍讖曰、良將之統軍也、恕己而治人。推惠施恩、士力日新。戰如風發、攻如河決、故其眾可望而不可當、可下而不可勝。以身先人、故其兵為天下雄。軍讖曰、軍以賞為表、以罰為裹。賞罰明、則將威行。官人得、則士卒服。所任賢、則敵國震注19則敵國震:武経本では則敵國震。四庫全書では則敵國畏。
  • 書き下し
    軍讖に曰く、「良將の軍の統ぶるや、己を恕りて人を治む」と。惠を推し恩を施せば、士の力日に新たなり。戰うこと風の發するが如く、攻むること河の決するが如く、故に其の眾望むべくして當るべからず、下るべくして勝つべからず。身を以て人に先んず、故に其の兵は天下の雄と為る。軍讖に曰く、「軍は賞を以て表と為し、罰を以て裹と為す」と。賞罰明らかなれば、則ち將の威行なわる。官人得れば、則ち士卒服す。任ずる所賢なれば、則ち敵國震う。
  • 現代語訳
  • 《軍讖》にこうあります「良將の軍の統率は、思いやりの心をもって人を治める」と。恩恵を施せば士気は日に日に高まります。戦えば疾風のごとく、攻めれば貯めた河の堰を切るが如く。このようなれば敵は戦いたくても為す術がありません。降伏するしか他になく、勝利の道はありません。これはつまり、将軍自ら人より率先するからであり、そうであればこそ天下を競うことができるのです。

    《軍讖》にこうあります「軍は賞を表に出し、罰を裏とする」と。賞罰が明らかであれば、将の威信は保たれます。優秀な部下を得ることができれば、兵士は心服します。任じた部下が賢者であれば、すなわち敵国は震えることでしょう。

  • ひとくちヒント
    思いやりと厳格な賞罰が肝要

上略12:將は國の命なり

  • 原文
    軍讖曰、賢者所適、其前無敵。故士可下而不可驕、將可樂而不可憂、謀可深而不可疑。士驕、則下不順。將憂、則內外不相信。謀疑、則敵國奮。以此攻伐、則致亂。夫將者、國之命也。將能制勝、則國家安定。
  • 書き下し
    軍讖に曰く、「賢者の適く所、其の前に敵なし」と。故に士は下るべくして驕るべからず、將は樂しむべくして憂うべからず、謀は深かるべくして疑うべからず。士驕れば、則ち下順わず。將憂うれば、則ち內外相い信ぜず。謀疑わば、則ち敵國奮う。此を以て攻め伐てば、則ち亂を致す。夫れ將は、國の命なり。將能く勝を制すれば、則ち國家安定す。
  • 現代語訳
  • 《軍讖》にこうあります「賢者の行くところ、そのまえに敵はなし」と。ですから賢士には驕らずにへりくだらなければなりませんし、将軍に任じたら安楽をはかって憂い事をなくすようにし、賢者の謀は深く信じるようにして疑ってはならないのです。

    もし賢士に対して驕りを見せれば、従うことはありません。将軍に任じて憂い事があるならば、内外の信用を失います。賢者の謀を疑えば、敵国がよろこびます。このような状態で戦ったとしても、混乱を招くだけです。

    将というものは、国の命です。将が上手く勝利をおさめるからこそ、国家は安定するのです。

  • ひとくちヒント
    将軍とすべき賢者は大切にすることが肝要

上略13:將の宜しく聞くべき所

  • 原文
    軍讖曰、將能清、能靜、能平、能整、能受諫、能聽訟、能納人、能採言、能知國俗、能圖山川、能表險難、能制軍權。故曰、仁賢之智、聖明之慮、負薪之言、廊廟之語、興衰之事、將所宜聞。將者、能思士如渴、則策從焉。夫將拒諫、則英雄散、策不從、則謀士叛。善惡同、則功臣倦。專己、則下歸咎。自伐、則下少功。信讒、則眾離心。貪財、則奸不禁。內顧、則士卒淫注20內顧則士卒淫:明・劉寅《三略直解》有内顧之心則士卒皆好淫矣。。將有一、則眾不服。有二、則軍無式。有三、則下奔北。有四、則禍及國。注21將有一~有四:明・劉寅《三略直解》已上八事之中將或有一事則衆心不服矣有二事則軍無法式矣有三事則下奔北矣有四事則禍及於國矣若八事俱全則身死家殘國亦破滅其任將者可不慎歟。
  • 書き下し
    軍讖に曰く、「將能く清に、能く靜に、能く平に、能く整に、能く諫を受け、能く訟を聽き、能く人を納れ、能く言を採り、能く國俗を知り、能く山川を圖り、能く險難を表わし、能く軍權を制す」と。故に曰く、仁賢の智、聖明の慮、負薪の言、廊廟の語、興衰の事は、將の宜しく聞くべき所なり。將は、能く士を思うこと渴するが如くなれば、則ち策從う。夫れ將諫を拒まば、則ち英雄散じ、策從わざれば、則ち謀士叛く。善惡同じなれば、則ち功臣倦む。己を專らにすれば、則ち下咎を歸す。自ら伐(ほこ)れば、則ち下功少なし。讒を信ずれば、則ち眾心を離す。財を貪れば、則ち奸禁せず。內顧すれば、則ち士卒淫す。將に一あれば、則ち眾服せず。二あれば、則ち軍に式なし。三あれば、則ち下奔り北ぐ。四あれば、則ち禍國に及ぶ。
  • 現代語訳
  • 《軍讖》にこうあります「将は清廉、冷静、公平、均整で、諫言や訴えに耳を傾け、進言を採用し、国の内情や土地や地形を心得て、そしてしっかりと軍権を司るもの」と。

    仁者賢者の知恵、聖人の配慮、下々の願望、朝廷の意志、興亡の歴史のことは、将であれば良く良く知っておくべき事柄です。

    将軍が、人材を渇望するように求めるならば、策謀も集まります。将軍が諫言に耳を傾けなければ、優秀な人材は去ります。献策を採らなければ、智謀の士は背きます。善悪同列に扱えば、功臣は気力を失います。独断専行ならば、部下は上に責任転嫁します。自分の功績を求めれば、下は働く気力がなくなります。陰口を信じれば、下の心は離れます。財をむさぼれば、下の悪事を責められません。好色すれば、部下も淫らに行動します。

    この8項のうち一つに該当すれば、下の心は掴めません。二つあれば統制がとれません。三つあれば下は逃げます。四つもあるなら国に災禍が及びます。

  • ひとくちヒント
    将軍の気をつけるべきポイント1
  • 語句解説
    負薪
    ふしん。柴や薪を背負った様子、下々の民。/《後漢書・班固傳上》採擇狂夫之言不逆負薪之議。→李賢注:負薪賤人也。
  • 語句解説
    廊廟
    ろうびょう。朝廷、本営のこと。/《孫子・九地》厲於廊廟之上以誅其事。《後漢書・申屠剛傳》廊廟之計既不豫定 →李賢注:廊殿下屋也、廟太廟也。國事必先謀於廊廟之所也。

上略14:將の明誡

  • 原文
    軍讖曰、將謀欲密、士眾欲一、攻敵欲疾。將謀密、則姦心閉。士眾一、則軍心結。攻敵疾、則備不及設。軍有此三者、則計不奪。將謀泄、則軍無勢。外闚內、則禍不制。財入營、則眾奸會。將有此三者、軍必敗。將無慮、則謀士去。將無勇、則士卒恐。將妄動、則軍不重。將遷怒、則一軍懼。軍讖曰、慮也、勇也、將之所重。動也、怒也、將之所用。此四者、將之明誡也注22明誡:蕭尚兵《武経直解》明誡、明确的告誡。 →明確に戒めるべきこと。注意すべき事柄。
  • 書き下し

    軍讖に曰く、「將の謀は密なるを欲し、士眾は一なるを欲し、敵を攻むるに疾なるを欲す」と。將の謀密なれば、則ち姦心閉ず。士眾一なれば、則ち軍心結ぶ。敵攻むるに疾なれば、則ち備え設くるに及ばず。軍に此の三者あれば、則ち計奪われず。將の謀泄るならば、則ち軍に勢なし。外內闚えば、則ち禍制せられず。財營に入れば、則ち眾奸會(あつま)る。將に此の三者あれば、軍必ず敗る。將に慮なければ、則ち謀士去る。將に勇なければ、則ち士卒恐る。將妄りに動けば、則ち軍重からず。將怒を遷せば、則ち一軍懼る。

    軍讖に曰く、「慮や、勇や、將の重んずる所なり。動や、怒や、將の用うる所なり。此の四者、將の明誡なり」と。

  • 現代語訳
  • 《軍讖》にこうあります「将軍の謀は内密にするのが理想、将兵は一つにまとまるのが理想、敵は疾風のごとく攻めるのが理想」と。

    将軍の謀が内密であれば、裏をかかるスキがありません。将兵が上手く連携すれば、結束が固くなります。敵を攻めるのに素早く行えば、敵は守りを固める余裕もありません。軍にこの三つの要素が備わっているならば、計画通りに事が進みます。

    計画が漏れているならば、軍の勢は崩れます。外にも内にも気を使う必要が出てくるならば、とてもその災いを全て防ぐことは出来ません。そのうえ賄賂でもまかれたならば、裏切り者も増えるでしょう。この三つの要素が発生した軍は必ず敗北します。

    将軍に思慮がなければ、智謀の士は愛想を尽かします。将軍に勇気がなければ、士卒の士気が保てません。将軍がみだりに動けば、軍も軽率になります。将軍がたびたび怒れば、全軍が萎縮します。

    《軍讖》にこうあります「思慮と勇気は将軍に欠かせない要素。怒りと行動は将軍が制御すべき要素。この四者は、将軍の気をつけるべき事柄である」と。

  • ひとくちヒント
    将軍が気をつけるべきポイント2
  • 語句解説
    明誡
    めいかい。注意すべきポイント。/脚注22参照。

上略15:香餌の下、必ず死魚あり

  • 原文
    軍讖曰、軍無財、士不來。軍無賞、士不往。軍讖曰、香餌之下、必有死魚。重賞之下、必有勇夫。故禮者、士之所歸、賞者、士之所死。招其所歸、示其所死、則所求者至。故禮而後悔者、士不止、賞而後悔者、士不使。禮賞不倦、則士爭死。
  • 書き下し

    軍讖に曰く、「軍に財無ければ、士來たらず。軍に賞無ければ、士往かず」と。軍讖に曰く、「香餌の下には、必ず死魚あり。重賞の下には、必ず勇夫あり」と。故に禮は、士の歸する所、賞は、士の死する所なり。其の歸する所を招き、其の死する所を示せば、則ち求むる所の者至る。故に禮して後悔する者には、士止まらず、賞して後悔する者には、士使われず。禮賞倦まざれば、則ち士爭いて死す。

  • 現代語訳
  • 《軍讖》にこうあります「軍に資金がなければ、人材は来ない。軍に賞賜がなければ、人材を使えない」と。

    《軍讖》にこうあります「美味なる下には必ず釣れた魚あり。重賞の下には必ず勇者あり」と。これはつまり、礼をもって遇すれば人材が自ずと集まり、賞をもって遇すれば人材は身を投げ出して働く、ということです。

    人材を集めようと思えば環境を整え、人材を働かせようと思ったら見返りを示すことで、そこでようやく人材を得ることができるのです。

    逆に言えば、礼を渋れば人材は去り、賞を渋れば人材は働かないのです。どちらも怠らずに行ってこそ、人材は我先にと働くものなのです。

  • ひとくちヒント
    人材を求めるならば、まず環境と待遇を整えることが肝要
  • 語句解説
    香餌
    こうじ。香り有るおいしいエサ。人を引きつける事物の比喩。/三國・魏・嵇康《答難養生論》是以古之人知酒肉為甘鴆棄之如遺識名位為香餌逝而不顧。

上略16:寡を以て衆に勝つものは恩なり

  • 原文
    軍讖曰、興師之國、務先隆恩。攻取之國、務先養民。以寡勝眾者、恩也。以弱勝強者、民也。故良將之養士、不易于身、故能使三軍如一心、則其勝可全。
  • 書き下し

    軍讖に曰く、「師を興すの國、務めて先ず恩を隆にす。攻め取るの國、務めて先ず民を養う。寡を以て眾に勝つものは、恩なり。弱を以て強に勝つものは、民なり」と。故に良將の士を養うや、身に易(か)えず、故に能く三軍をして一心の如くならしむれば、則ち其の勝全かるべし。

  • 現代語訳
  • 《軍讖》にこうあります「国が軍を興す時は、まず恩恵をさかんに施すもの。敵を攻め取ろうとする時は、まず民衆を養うもの。少をもって多に勝つ要因は恩恵。弱をもって強に勝つ要因は民衆」と。良將が人材を我が身のように養うのは、このためなのです。

    また、そうであってこそ全軍の心は一つになり、そして完全なる勝利をおさめることができるのです。

  • ひとくちヒント
    恩恵と施しは勝利の源

上略17:糧を運ぶこと千里なれば、一年の食なし

  • 原文
    軍讖曰、用兵之要、必先察敵情、視其倉庫、度其糧食、卜其強弱、察其天地、伺其空隙。故國無軍旅之難、而運糧者、虛也。民菜色者、窮也。千里饋糧、士有飢色。樵蘇後爨、師不宿飽。夫運糧千里、無一年之食、二千里、無二年之食、三千里、無三年之食、是謂國虛。國虛、則民貧、民貧、則上下不親。敵攻其外、民盜其內、是謂必潰。
  • 書き下し

    軍讖に曰く、「用兵の要は、必ず先ず敵情を察し、其の倉庫を視、其の糧食を度(はか)り、其の強弱を卜(ぼく)し、其の天地を察し、其の空隙を伺う」と。故に國に軍旅の難なくして、糧を運ぶ者は、虛なり。民に菜色ある者は、窮なり。千里に糧を饋るとき、士に飢の色あり。樵蘇して後に爨(かし)げば、師宿飽せず。夫れ糧を運ぶこと千里なれば、一年の食なし、二千里なれば、二年の食なし、三千里なれば、三年の食なし、是れ國虛しと謂う。國虛しければ、則ち民貧し、民貧すれば、則ち上下親しまず。敵其の外を攻め、民其の內を盜む、是れ必ず潰すと謂う。

  • 現代語訳
  • 《軍讖》にこうあります「用兵の要は、まず敵情を観察し、敵の備蓄を探り、敵の食糧事情を調べ、そして勝利を算定し、天の時と地の利を考慮し、敵の弱点を探すことにある」と。

    国に戦もないのに物資を運び入れているのは、物資が不足しているからです。民衆の顔色が悪いのは、物資に困窮しているからです。遠方に食料を輸送すれば、人はそのぶん飢えることになります。あわただしい様子であれば、食が満たされていないことのあらわれです。

    つまり遠方に運んだ分の食料が不足するということであり、二倍運べば二倍不足し、三倍運べば三倍不足するのです。そうなれば国が空っぽになります。国が空っぽであれば、民も貧窮することになり、そうなれば上下の信頼もなくなります。そして敵が外から攻めてくれば、内に盗人が横行するようになり、このような状態では国は必ず潰れてしまうでしょう。

  • ひとくちヒント
    食は国の大事
  • 語句解説
    菜色
    さいしき。野菜みたいな顔色。青白い顔、顔色の悪い様子の比喩。飢えている様子を示す言葉。/《禮記・王制》雖有凶旱水溢民無菜色。 →鄭玄注:菜色、食菜之色。民無食菜之飢色。
  • 語句解説
    樵蘇
    しょうそ。柴草を刈ること、その様子。転じて、忙しくしていることの比喩。/《史記・淮陰侯列傳》臣聞千里餽糧士有飢色樵蘇後爨師不宿飽。
  • 語句解説
    宿飽
    しゅくほう。おなかいっぱいな様。/《史記・淮陰侯列傳》臣聞千里餽糧士有飢色樵蘇後爨師不宿飽。

上略18:國姦

  • 原文
    軍讖曰、上行虐、則下急刻。賦重斂數、刑罰無極、民相殘賊、是謂亡國。軍讖曰、內貪外廉、詐譽取名、竊公為恩、令上下昏、飾躬正顏、以獲高官、是謂盜端。軍讖曰、群吏朋黨、各進所親、招舉姦枉、抑挫仁賢、背公立私、同位相訕、是謂亂源。軍讖曰、強宗聚姦、無位而尊、威而不震、葛藟相連、種德立恩、奪在位權、侵侮下民、國內諠譁、臣蔽不言、是謂亂根。軍讖曰、世世作姦、侵盜縣官、進退求便、委曲弄文、以危其君、是謂國姦。
  • 書き下し

    軍讖に曰く、「上虐を行えば、則ち下急刻なり。賦重く斂數にして、刑罰極まりなければ、民相い殘賊す、是れ亡國と謂う」と。軍讖に曰く、「內に貪り外に廉に、譽を詐り名を取り、公を竊(ぬす)みて恩を為し、上下をして昏ならしめ、躬を飾り顏を正し、以て高官を獲る、是れ盜の端と謂う」と。軍讖に曰く、「群吏朋黨し、各親しむ所を進め、姦枉を招き舉げ、仁賢を抑え挫き、公に背き私を立て、同位相い訕(そし)る、是れ亂の源と謂う」と。軍讖に曰く、「強宗聚り姦し、位なくして尊く、威震わざるなくして、葛藟相い連り、德を種(う)えて恩を立て、在位の權を奪い、下民を侵し侮る、國內諠譁するも、臣蔽して言わず、是れ亂の根と謂う」と。軍讖に曰く、「世世姦を作し、縣官を侵し盜み、進退して便を求め、委曲して文を弄し、以て其の君を危うくす、是れ國姦と謂う」と。

  • 現代語訳
  • 《軍讖》にこうあります「上が暴虐であれば、下は忙しく過酷になる。たびたび重税を集め、たびたび刑罰を与えれば、民も残虐になる。これを国を亡くすという」と。

    《軍讖》にこうあります「内情は貪欲であるのに外面は清廉にし、栄誉を偽り名を高め、公を傘にきて恩を売り、上にも下にも惑わせて、身を飾って良い顔をし、そして高位を得る。これを盗人の始まりという」と。

    《軍讖》にこうあります「有力者たちが結党し、顔見知りだけを推し進め、姦賊を取り上げ、仁者賢者を退け、公事よりも私事を優先し、結果として官吏に乱れが生じる。これを乱の源という」と。

    《軍讖》にこうあります「豪族が集まって姦計をめぐらし、本来の位よりも高い地位を得て、つねに威を高めることを求め、蔓のように連なってはびこり、私の徳を植え付けて恩を売り、権力を奪い、下々の民をしいたげ、結果として国内が騒がしくなるも、ほかの臣は隠れて発言しない。これを乱の根という」と。

    《軍讖》にこうあります「地方の姦賊が成り上がり、地方官を押しのけ、つねづね利便を追求し、意を曲げて公文書を弄り、そして君主の立場まで危うくする。これを國姦という」と。

  • ひとくちヒント
    姦賊と国賊のまとめ
  • 語句解説
    急刻
    きゅうこく。ひどく忙しいさま。/《漢書・食貨志下》王温舒等用急刻為九卿。
  • 語句解説
    強宗
    きょうそう。豪族、大族。/《漢書・趙廣漢傳》其後彊宗大族家家結為仇讎。
  • 語句解説
    葛藟
    かつるい。藤の蔓、葡萄の蔓。
  • 語句解説
    委曲
    いきょく。意を曲げること。

上略19:不肖位に在れば、國其の害を受く

  • 原文
    軍讖曰、吏多民寡、尊卑相若、強弱相虜、莫適禁禦、延及君子、國受其咎注23國受其咎:武経本では國受其咎。四庫全書では則敵國害。。軍讖曰、善善不進、惡惡不退、賢者隱蔽、不肖在位、國受其害。軍讖曰、枝葉強大、比周居勢、卑賤陵貴、久而益大、上不忍廢、國受其敗。
  • 書き下し

    軍讖に曰く、「吏多くして民寡なく、尊卑相い若き、強弱相い虜(かす)め、適に禁禦すること莫く、延きて君子に及べば、國其の咎を受く」と。軍讖に曰く、「善を善として進めず、惡を惡として退けず、賢者隱蔽し、不肖位に在れば、國其の害を受く」と。軍讖に曰く、「枝葉強大にして、比周勢に居り、卑賤貴を陵ぎ、久しくして益大なれど、上廢するに忍びざれば、國其の敗を受く」と。

  • 現代語訳
  • 《軍讖》にこうあります「役人は多く民は少なく、尊卑の区別もなく、強弱が対立し、それをみて禁止も制御もすることなく、しまいには君主までそれに飲み込まれてしまえば、国にまでその咎が及ぶ」と。

    《軍讖》にこうあります「善を善きことと知りながら行わず、悪を悪いことと知りながら退けず、賢者がいても見ぬふりをし、不肖者が高位にあるだけでは、国までその害が及ぶ」と。

    《軍讖》にこうあります「根よりも枝葉のほうが大きく、連携して勢力を保ち、卑賤のものが貴をしのぎ、ながらくそのような状態であるのに、上がそれを退けずただ忍んでいるのでは、国までその腐敗が及ぶ」と。

  • ひとくちヒント
    国の乱れの根源のまとめ

上略20:佞人を用うれば、必ず禍殃を受く

  • 原文
    軍讖曰、佞臣在上、一軍皆訟。引威自與、動違于眾。無進無退、苟然取容。專任自己、舉措伐功。誹謗盛德、誣述庸庸。無善無惡、皆與己同。稽留行事、命令不通。造作苛政、變古易常。君用佞人、必受禍殃。
  • 書き下し

    軍讖に曰く、「佞臣上に在れば、一軍皆訟う。威を引きて自ら與(ゆる)し、動きて眾に違う。進なく退なく、苟然として容を取る。專ら自己に任せ、舉措功を伐(ほこ)る。盛德を誹謗し、庸庸を誣述す。善なく惡なく、皆己と同じうす。行事を稽留し、命令通ぜず。苛なる政を造作し、古を變え常を易(か)う。君佞人を用うれば、必ず禍殃を受く」と。

  • 現代語訳
  • 《軍讖》にこうあります「佞臣が上に在れば、全軍みな訴える。威を借りて自らを可愛がり、行動するに周囲に耳を傾けない。進むでもなく退くでもなく、いやしくも堂々と地位を取る。独断に任せて動き、動けばその功を誇らしくする。徳のある人物を誹謗し、平庸なものを用いるよう進言し、善でもなく悪でもなく、自分を規準として周りを同調させる。政務を怠り、命令を怠る。苛烈なる政治を横行し、しばしば古きことと通例を変える。君主がこのような佞臣を用いたなら、必ずひどい害を被ります。

  • ひとくちヒント
    佞臣のひどさ
  • 語句解説
    舉措
    きょせき。挙動、行為、行動。/《管子・五輔》故民必知權然後舉錯得舉錯得則民和輯。
  • 語句解説
    庸庸
    ようよう。平凡な様、平凡な人。/《論衡・自然》生庸庸之君失道廢德。
  • 語句解説
    誣述
    ふじゅつ。邪な叙述、不正なる言葉。/《廣韻》誣、枉也。《説文解字》枉、衺曲也。《廣韻》衺、不正也。
  • 語句解説
    稽留
    けいりゅう。停留させる、長引かせる。/《墨子・號令》傳言者十步一人稽留言及乏傳者斷。孫詒讓間詁引蘇時學曰、稽留謂不以時上聞。
  • 語句解説
    禍殃
    かおう。ひどい害。/《説文解字》禍、害也。殃、咎也

上略21:主、異言を察すれば、乃ち其の萌を觀る

  • 原文
    軍讖曰、姦雄相稱注24姦雄相稱:明・劉寅《三略直解》軍䜟有曰奸雄之人互相稱譽、障蔽主明。毀譽並興、壅塞主聰。各阿所私、令主失忠。故主察異言、乃觀其萌。主聘儒賢、姦雄乃遯。主任舊齒、萬事乃理。主聘巖穴、士乃得實。謀及負薪、功乃可述。不失人心、德乃洋益。
  • 書き下し

    軍讖に曰く、「姦雄相い稱して、主の明を障蔽す。毀譽を並び興り、主の聰を壅塞す。各私する所に阿(おもね)り、主をして忠を失わしむ」と。故に主異言を察すれば、乃ち其の萌を觀る。主儒賢を聘すれば、姦雄すなわち遯(のが)る。主舊齒に任ずれば、萬事すなわち理まる。主巖穴を聘すれば、士すなわち實を得る。謀ること負薪に及べば、功すなわち述ぶべし。人心を失わざれば、德すなわち洋溢す。

  • 現代語訳
  • 《軍讖》にこうあります「姦雄なる腹黒い人間たちが互いに称賛し、実態を明らかにせず陰に隠蔽する。中傷と賞賛を自由に行い、正論を聞き入れず耳を塞ぐ。それぞれ私利するところに媚びへつらい、主君から忠臣を遠ざける」と。

    ですから主君は異なる意見も考慮すべきですし、そうであれば小さな企みも看破できるのです。主君が優れた人材を招聘すれば、姦雄は自然と去るほかありません。主君が老練な旧臣を用いれば、万事全て安定します。主君が在野の人材を招聘すれば、人材としても能力を発揮でき国としても実利を得ます。下々の民にも気をかければ、功績を広めることにもなります。人心を失わなければ、その徳は満ちて天下という広い大洋に溢れることになります。

  • ひとくちヒント
    異聞に耳を傾けることの大切さ
  • 語句解説
    障蔽
    しょうへい。遮蔽、隠すこと。/《潛夫論・考績》功誠考則治亂暴而明、善惡信則真賢不得見障蔽、而佞巧不得竄其奸矣。
  • 語句解説
    毀譽
    きよ。中傷と賞賛。/《莊子・德充符》死生存亡、窮達貧富、賢與不肖、毀譽、飢渴、寒暑、是事之變、命之行也。
  • 語句解説
    壅塞
    ようそく。阻塞、固くふさぐこと。/《禮記・月令》孟秋之月。完堤坊謹壅塞以備水潦。
  • 語句解説
    舊齒(旧歯)
    きゅうし。老臣、旧臣。/《三國志・呉志・陸績傳》虞翻舊齒名盛
  • 語句解説
    巖穴
    がんけつ。巖穴之士。隠者。在野の人物。/《韓非子・外儲說左上》其君見好巖穴之士~。《後漢書・章帝紀》其以巖穴為先勿取浮華。
  • 語句解説
    洋溢
    よういつ。充満。満ち満ちて大洋に溢れるさま。/《禮記・中庸》言而民莫不信行而民莫不說是以聲名洋溢乎~。:三國・魏・阮籍《東平賦》流潢馀溏洋溢靡之。
関連 《三略》上略

関連 《三略》中略

関連 《三略》下略

脚注

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1. :明・劉寅《三略直解》攬=延攬。/延攬は招いて收攬すること。收攬とは心などを掌握すること。/語出《東觀漢記・鄧禹傳》莫如延攬英雄
2. :蕭尚兵《武経直解》傾=傾心。
3. 含氣之類:明・劉寅《三略直解》含氣之類=含氣有生之類。
4. :蕭尚兵《武経直解》咸=全部。
5. 軍讖:明・劉寅《三略直解》讖=騐(験)。経験にもとづく将の言行録。/蕭尚兵《武経直解》軍讖=古代兵書、已佚。
6. :蕭尚兵《武経直解》德=美徳。
7. :蕭尚兵《武経直解》賊=禍害。
8. 柔有所設:明・劉寅《三略直解》柔有所設=不妄設也。/蕭尚兵《武経直解》渭在需要用柔処用柔。
9. 圖制無疆:蕭尚兵《武経直解》圖制=謀求制胜(胜の繁体字は勝)。無疆=極限。
10. 匡正:武経本では匡正。四庫全書では康正。両者大意はおなじ。/匡は正すこと。康は安んずること。ここでは八極(八方)天下を平定すると解釈します。/《論語》一匡天下
11. (怀):武経本では懐(怀)。四庫全書では杯。
12. :武経本では居。四庫全書では活。
13. :武経本では綏。四庫全書では緩。
14. 順舉挫之:明・劉寅《三略直解》吾順人心而舉事則能挫敵之威。/吾れ人心に順いて事を挙げれば、則ち能く敵の威を挫く。/蕭尚兵《武経直解》順舉=根据敵人的行動(採取相応的対策)→敵の動きに対応した行動。
15. 立而勿取:明・劉寅《三略直解》敵已立君而主社稷勿。/敵すでに君を立てるとき、而して社稷の主となること勿れ。
16. :武経本では取。四庫全書では處。
17. :明・劉寅《三略直解》庶民者國家之根本
18. 乃可御人:武経本では乃可御人。四庫全書では乃可使人。
19. 則敵國震:武経本では則敵國震。四庫全書では則敵國畏。
20. 內顧則士卒淫:明・劉寅《三略直解》有内顧之心則士卒皆好淫矣。
21. 將有一~有四:明・劉寅《三略直解》已上八事之中將或有一事則衆心不服矣有二事則軍無法式矣有三事則下奔北矣有四事則禍及於國矣若八事俱全則身死家殘國亦破滅其任將者可不慎歟。
22. 明誡:蕭尚兵《武経直解》明誡、明确的告誡。 →明確に戒めるべきこと。注意すべき事柄。
23. 國受其咎:武経本では國受其咎。四庫全書では則敵國害。
24. 姦雄相稱:明・劉寅《三略直解》軍䜟有曰奸雄之人互相稱譽