黄石公三略・中略の現代語訳(+解釈の注釈)

太公望

こちらは《三略》中略の原文と訳文(現代語訳)です。備忘を兼ね、ポイントとなる箇所に解釈典拠の脚注を付しています。

関連 《三略》上略

関連 《三略》中略

関連 《三略》下略

《三略》という書は、伝説・伝承としては太公望の思想を受けた黄石公の著書で、張良に授けられた書とされますが、考証としてはその真実性は薄いと考えられ「黄石公の書」という設定のうえに作られた別人の書であると考えるのが通例です。

内容としては、儒家・道家・法家・陰陽・縦横などの思想がほどよく盛り込まれた書でありまして、癖のないバランスの良い味わいが魅力です。この特徴は《素書》とも共通しています。

関連 三略の由来について:劉寅《三畧直解》巻上より

関連 《素書》現代語訳

凡例

  • 原文
    原文
  • 書き下し
    書き下し
  • 現代語訳
    現代語訳
  • ひとくちヒント
    ヒント
  • 語句解説
    語句
    注釈内容
  • ※ 便宜上、文脈ごとに番号をつけて分けています。また、その句のキーワードとなる書き下しを、その文脈の見出しにしています。

    ※ 原文には解釈典拠・参考書籍を示す脚注がつきます。脚注はポイントとなる箇所のみに限定しています。

    ※ ここでの原文とは、白文に句読点がついたものも含めて指しています。

三略・中略

中略01:三皇は言なくして、化、四海に流る

  • 原文
    夫三皇注1三皇:明・劉寅《三略直解》三皇者、伏羲・神農・軒轅也。/軒轅とは黄帝のこと。無言、而化流四海、故天下無所歸功。帝者注2:明・劉寅《三略直解》帝五帝、少昊・顓頊・髙辛・唐堯・虞舜也。、體天則地、有言有令、而天下太平。君臣讓功、四海化行、百姓不知其所以然。故使臣不待禮賞、有功美而無害。王者注3王者:明・劉寅《三略直解》王三王、夏禹・商湯・周之文武也。、制人以道、降心服志、設矩備衰、四海會同、王職不廢。雖有甲兵之備、而無戰鬭之患。君無疑于臣、臣無疑于主、國定主安、臣以義退、亦能美而無害。霸者注4霸者:明・劉寅《三略直解》霸者制士用權道結士用信實使士用賞賜若上之信衰則士亦疏上之賞虧則士亦不肯用命霸若以太公之時論之即夏昆吾商大彭豕韋之類為是若以黄石公之時言之則齊桓晉文之類為是。/蕭尚兵《武経直解》春秋五覇、即春秋時先後称覇的五个諸侯、指斉桓公、宋襄公、晋文公、秦穆公、楚莊王。→春秋五覇のこと。すなわち春秋時代に覇を唱えた5つの諸侯、斉桓公、宋襄公、晋文公、秦穆公、楚莊王を指す。、制士以權、結士以信、使士以賞。信衰則士疏、賞虧則士不用命。
  • 書き下し
    夫れ三皇は言なくして、化四海に流る、故に天下功を歸する所なし。帝は、天を體し地に則り、言あり令あり、而して天下太平なり。君臣功を讓り、四海に化行なわれ、百姓は其の然る所以を知らず。故に臣をして禮賞を待たずして、功あり美にして害なからしむ。王者、人を制するに道を以てし、心を降し志を服し、矩を設けて衰に備い、四海會同し、王職廢せず。甲兵の備え有りと雖も、而して戰鬭の患なし。君臣を疑うことなく、臣主を疑うことなく、國定まり主安く、臣は義を以て退き、亦た能く美にして害なし。霸者、士を制するに權を以てし、士を結ぶに信を以てし、士を使うに賞を以てす。信衰うれば則ち士疏(うと)く、賞虧(か)くれば則ち士命を用いず。
  • 現代語訳
  • 古の三皇(伏犠・新農・黄帝)は言葉で指示しなくても、政の効果は天下に流れていました。ですので天下の功績は誰に帰属するものなのか知られませんでした。

    古の五帝(少昊・顓頊・髙辛・堯・舜)は、天の道を体得し地の道に則り、言葉で命令を下して天下をおさめました。君と臣は互いに功績を譲り、天下に教化が広まりましたが、それでも民には五帝の功績がわかりませんでした。このように臣下も礼や賞を求めず、それでいて功績を上げ美しく行動したので害などありませんでした。

    古の三王朝(夏・殷・周)は、人民を制するのに道をもっておさめ、心を掴んで志を行き渡らせ、さらに規律を設けて秩序の衰退に備え、その結果、天下はみな協力し、王の職務を全うできました。軍事に対する備えはあったものの、それでも戦には及ばなかったのです。それは君と臣が互いに疑わず、国は定まり主は安泰で、臣下は義をもって出しゃばらず、また、よく美しく行動したので害がなかったのです。

    そして春秋五覇(斉・宋・晋・秦・楚)の時代では、臣下を統制するのに権力をもって治め、臣下を結束させるのに信頼をもって治め、臣下を使うのに恩賞をもって治めました。その結果、信頼が薄まれば臣下の働きは鈍り、恩賞が欠乏すれば臣下は命令を聞かなくなったのです。

  • ひとくちヒント
    乱れの流れの物語
  • 語句解説
    三皇
    さんこう。古の三皇、すなわち伏犠・新農・黄帝(軒轅)のことを指します。/明・劉寅《三略直解》→脚注1参照。
  • 語句解説
    てい。ここでは古の五帝、すなわち少昊・顓頊・髙辛・堯(唐堯)・舜(虞舜)のことを指します。/明・劉寅《三略直解》→脚注2参照。
  • 語句解説
    王者
    おうじゃ。ここでは古の三王朝、すなわち夏(夏禹)・殷(商湯)・周(周之文武→文王・武王)のことを指します。/明・劉寅《三略直解》→脚注3参照。
  • 語句解説
    覇者
    はしゃ。ここでは春秋五覇、すなわち斉桓公、宋襄公、晋文公、秦穆公、楚莊王のことを指します。または、その他の諸侯を含めたものとも解釈できます。/明・劉寅《三略直解》→脚注4参照。

中略02:至情に因りて之を用う、此れ軍の微權なり

  • 原文
    軍勢曰、出軍行師、將在自專。進退內御、則功難成。軍勢曰、使智、使勇、使貪、使愚。智者、樂立其功。勇者、好行其志。貪者、邀趨其利。愚者、不顧其死。因其至情而用之、此軍之微權也。軍勢曰、無使辯士談說敵美注5談說敵美:明・劉寅《三略直解》談説敵國之美為。為其惑眾。勿使仁者主財、為其多施而附于下。軍勢曰、禁巫祝、不得為吏士卜問軍之吉凶。軍勢曰、使義士、不以財。故義者、不為不仁者死。智者、不為闇主謀。
  • 書き下し
    軍勢に曰く、「軍を出し師の行、將は自ら專らにするに在り。進退內より御すれば、則ち功成り難し」と。軍勢に曰く、「智を使い、勇を使い、貪を使い、愚を使う。智者、其の功を立てんことを樂しむ。勇者、其の志を行わんことを好む。貪者、其の利に趨かんことを邀(もと)む。愚者、其その死を顧みず。其の至情に因りて之を用う、此れ軍の微權なり」と。軍勢に曰く、「辯士をして敵美を談說せしむるなかれ。其の眾を惑わすが為なり。仁者をして財を主せしむるなかれ。其の多く施して下に附すが為なり」と。軍勢に曰く、「巫祝を禁じて、吏士の為に軍の吉凶を卜に問うことを得ざらしむ」と。軍勢に曰く、「義士を使うに、財を以てせず。故に義者は、不仁者の為に死せず。智者は、闇主の為に謀らず」と。
  • 現代語訳
  • 《軍勢》にこうあります「軍を出陣させて指揮を執るには、将軍が指揮権を握るもの。それを主君が中央から口を挟んで制御しようとすれば、功績は成り難し」と。

    《軍勢》にこうあります「智者・勇者・貪者・愚者の特性は、智者、功績を立てることを望む。勇者、志を遂げることを望む。貪者、利益を得ることを望む。愚者、命知らず。これらの特性に因って用いる、これが軍の機微なる対応」と。

    《軍勢》にこうあります「弁舌に優れた縦横の士と敵国の美点について議論してはならない。それは下が惑う要因となる。仁者に財務の責任を負わせてはならない。それは多く施して財務が傾く要因となる」と。

    《軍勢》にこうあります「巫女や占いの者を禁じ、役人が興味本位で軍の吉凶を占いに求めることを出来なくさせる」と。

    《軍勢》にこうあります「義士を使うには、財では動かない。それは、義の者が不仁者の為に身を投げ出して働いたりしないし、智者は、暗愚な主君のために献策しないもの」と。

  • ひとくちヒント
    人材を使うには特性に応じることが肝要
  • 語句解説
    軍勢
    ぐんぜい。上略の《軍讖》と同じく、古代の書名《軍勢》と解釈するのが通例で、現代には伝わっていない佚書とされています。

中略03:乃ち英雄の心を攬り、眾と好惡を同じうし、然る後に之に加うるに權變を以てす

  • 原文
    主不可以無德、無德則臣叛。不可以無威、無威則失權。臣不可以無德、無德則無以事君。不可以無威、無威則國弱、威多則身蹶。故聖王御世、觀盛衰、度得失、而為之制注6而為之制:明・劉寅《三略直解》故聖王御世觀望氣化之盛衰量度人事之得失而為之法制。故諸侯二師、方伯三師、天子六師。世亂則叛逆生、王澤竭則盟誓相誅伐。德同勢敵、無以相傾、乃攬英雄之心、與眾同好惡、然後加之以權變。故非計策、無以決嫌定疑。非譎奇無以破姦息寇、非陰謀無以成功。
  • 書き下し
    主は以て無德なるべからず、無德なれば則ち臣叛く。以て無威なるべからず、無威なれば則ち權失う。臣は以て無德なるべからず、無德なれば則ち以て君に事するなし。以て無威なるべからず、無威なれば則ち國弱く、威多ければ則ち身蹶(つまず)く。故に聖王の世を御するや、盛衰を觀、得失を度り、而して之が制を為す。故に諸侯は二師、方伯は三師、天子は六師。世亂るれば則ち叛逆生じ、王澤竭くれば則ち盟誓して相い誅伐す。德同じく勢敵すれば、以て相い傾くるなし、乃ち英雄の心を攬り、眾と好惡を同じうし、然る後に之に加うるに權變を以てす。故に計策にあらずんば、以て嫌を決し疑を定むるなし。譎奇にあらずんば以て姦を破り寇を息むるなし、陰謀にあらずんば以て成功なし。
  • 現代語訳
  • 主君は徳が備わっていなくてはなりません。徳がなければ臣下は背きます。また、威厳も備わっていなくてはなりません。威がなければ権力は保てません。臣下も徳が備わっていなくてはなりません。徳がなければ君のために仕事はしません。また、威厳も備わっていなくてはなりません。臣下に威がなければ国全体は弱態しますし、威がありすぎても国が傾きます。

    古の聖王(夏・殷・周)が世間を御するとき、ものごとの盛衰を見極め、得失を見定め、そうして国の法制ができたのです。そして諸侯は二軍、方伯(諸侯の長・覇者)は三軍、天子は六軍を保有することが定められたのです。

    世が乱れれば反逆が増え、王の徳が尽きれば諸侯が結託して争いごとが増えます。

    徳と勢力が匹敵するならば、決着はつきません。そうなれば人材の心を掴み、下と思いを同じくし、そうしてから臨機応変に行動しないと勝利できません。であれば、権謀術数に優れていなければ、相手の弱点をつき惑わせることはできないのです。つまり奇謀策謀に長けていなければ、姦賊も外敵も撃ち破ることは出来ないのです。

  • ひとくちヒント
    上役に必要なものは徳と威厳と策謀
  • 語句解説
    方伯
    ほうはく。諸侯の長。または覇者のこと。/《禮記・王制》千里之外設方伯。|《史記・周本紀》周室​​衰微諸侯彊並弱、齊、楚、秦、晉始大政由方伯。→裴駰集解引鄭司農曰、長諸侯為方伯。|《説文解字》伯、長也。|《正韻》必駕切。同霸。五伯、齊桓、晉文、秦繆、宋襄、楚莊也。
  • 語句解説
    譎奇
    けっき。奇謀策謀のこと。/《説文解字》譎、權詐也。|清~民国・章炳麟《與鄧實書》康長素時有善言而稍譎奇自恣。

中略04:三略は衰世の為に作す

  • 原文
    聖人體天、賢人法地、智者師古。是故三略為衰世作、上略設禮賞、別姦雄、著成敗。中略差德行、審權變。下略陳道德、察安危、明賊賢之咎。故人主深曉上略、則能任賢擒敵。深曉中略、則能御將統眾。深曉下略、則能明盛衰之源、審治國之紀。人臣深曉中略、則能全功保身。
  • 書き下し
    聖人は天を體し、賢人は地に法り、智者は古を師とす。是の故に三略は世の衰の為に作す、上略は禮賞を設け、姦雄を別け、成敗を著す。中略は德行を差し、權變を審(つまびら)かにす。下略は道德を陳し、安危を察し、賢賊の咎を明らかにす。故に人主深く上略を曉(さと)れば、則ち能く賢を任じ敵を擒にす。深く中略を曉れば、則ち能く將を御し眾を統べる。深く下略を曉れば、則ち能く盛衰の源を明らかにし、治國の紀を審かにす。人臣深く中略を曉れば、則ち能く功を全うし身を保つ。
  • 現代語訳
  • 聖人は天道を体得し、賢人は地の道に則り、智者は歴史に学びます。そこで《三略》を世の衰退に備えて著しました。上略では禮賞の大切さ、姦賊のひどさ、成功と失敗のヒントを述べています。中略では德行について分類し、臨機応変の処置について述べています。下略では道德について開陳し、安危について分析し、賢と賊の害について明らかにする。という内容に仕上げました。

    主君が上略を理解すれば、上手く賢者を用いて敵を翻弄できます。中略を理解すれば、上手く将軍を制御して下を統率できます。下略を理解すれば、ものごとの盛衰の根源を察することができ、それを活用するコツがわかります。臣下が中略を理解した場合は、よく功績をあげて身を安全に保つことが出来ます。

  • ひとくちヒント
    三略のセールスポイントまとめ

中略05:霸者の略

  • 原文
    夫高鳥死、良弓藏、敵國滅、謀臣亡。亡者、非喪其身也。謂奪其威廢其權也。封之于朝、極人臣之位、以顯其功。中州善國、以富其家、美色珍玩、以悅其心。夫人眾一合而不可卒離。權威一與而不可卒移。還師罷軍、存亡之階。故弱之以位、奪之以國、是謂霸者之略。故霸者之作、其論駁也。存社稷、羅英雄者、中略之勢也。故世主秘焉。注7故世主秘焉:武経本は故世主秘焉。四庫全書は故勢主秘焉
  • 書き下し
    夫れ高鳥死して、良弓を藏し、敵國滅びて、謀臣亡ぶ。亡とは、其の身を喪うに非ざるなり也。其の威を奪れ其の權を廢せらるを謂う也。之を朝に封じ、人臣の位を極め、以て其の功を顯(あらわ)す。中州の善國、以て其の家を富まし、美色や珍玩、以て其の心を悅ばす。夫れ人眾は一たび合して卒に離すべからず。權威は一たび與して卒に移すべからず。師を還し軍を罷むるは、存亡の階なり。故に之を弱めるに位を以てし、之を奪うに國を以てす、是れ霸者の略と謂う。故に霸者の作るは、其の論駁なり。社稷を存し、英雄を羅するは、中略の勢なり。故に世主は秘すものなり。
  • 現代語訳
  • 空高く飛ぶ鳥を射てしまえば、弓は蔵にしまわれ、敵国が滅びれば、謀略の臣は亡びます。亡びるというのは、身を始末されるのではなく、その威光を奪われ権力をなくすことを言います。朝廷に封ぜられ、高位を極め、そして功績を讃えられることも有るでしょう。中央の良い土地を与えられ、そして富を与えられ、美人や珍宝を与えられて心を悦ばせもするでしょう。

    人というものは一度くっついてしまえば簡単には離れません。権威もまた一度手にしてしまえば簡単には移譲できないのです。ですから軍が帰還し軍を解散させるのは、危機感の有る行動なのです。そこで、それを和らげるのに地位を与えたり、権限を回収するのに土地を与えるのです。これを覇者の機略といいます。

    覇者の行いについては議論のいるところであります。国を守り人材を招くのは、中略の語ろうとする所です。しかし世の主君が秘密にしておきたい事柄でもあります。

  • ひとくちヒント
    覇者の心得
  • 語句解説
    珍玩
    ちんがん。珍宝や報酬。/《後漢書・獨行傳・劉翊》翊散所握珍玩唯餘車馬自載東歸。
  • 語句解説
    論駁
    ろんばく。議論。/《三國志・魏志・王肅傳》其所論駁朝廷典制、郊祀、宗廟、喪紀、輕重、凡百馀篇。
関連 《三略》上略

関連 《三略》中略

関連 《三略》下略

脚注

■脚注リスト(本文ボタンで該当箇所にジャンプ)   [ + ]

1. 三皇:明・劉寅《三略直解》三皇者、伏羲・神農・軒轅也。/軒轅とは黄帝のこと。
2. :明・劉寅《三略直解》帝五帝、少昊・顓頊・髙辛・唐堯・虞舜也。
3. 王者:明・劉寅《三略直解》王三王、夏禹・商湯・周之文武也。
4. 霸者:明・劉寅《三略直解》霸者制士用權道結士用信實使士用賞賜若上之信衰則士亦疏上之賞虧則士亦不肯用命霸若以太公之時論之即夏昆吾商大彭豕韋之類為是若以黄石公之時言之則齊桓晉文之類為是。/蕭尚兵《武経直解》春秋五覇、即春秋時先後称覇的五个諸侯、指斉桓公、宋襄公、晋文公、秦穆公、楚莊王。→春秋五覇のこと。すなわち春秋時代に覇を唱えた5つの諸侯、斉桓公、宋襄公、晋文公、秦穆公、楚莊王を指す。
5. 談說敵美:明・劉寅《三略直解》談説敵國之美為
6. 而為之制:明・劉寅《三略直解》故聖王御世觀望氣化之盛衰量度人事之得失而為之法制
7. 故世主秘焉:武経本は故世主秘焉。四庫全書は故勢主秘焉