《黄石公素書》の現代語訳(+解釈の注釈)

黄石

こちらは《素書》の原文と訳文(現代語訳)です。備忘を兼ね、ポイントとなる箇所に解釈典拠の脚注を付しています。

《素書》という書は、伝説・伝承としては黄石公の著書で、張良に授けられた書とされますが、考証としてはその真実性は薄いと考えられ「黄石公の書」という設定のうえに作られた別人の書であると考えるのが通例です。

内容としては、儒家・道家・法家・陰陽・縦横などの思想がほどよく盛り込まれた書でありまして、癖のないバランスの良い味わいが魅力です。この特徴は《三略》とも共通しています。

関連 《三略》上略

関連 《三略》中略

関連 《三略》下略

《素書》原文+書き下し+現代語訳

【凡例】章ごと、原文、書き下し、現代語訳、語句解説の順に構成されています。原文には解釈典拠・参考書籍を示す脚注がつきます。脚注はポイントとなる箇所のみに限定しています。ここでの原文とは、白文に句読点がついたものも含めて指しています。

01 原始章

原始章 →張商英注:道不可以無始(道、始無きを以てすべからず)

  • 原文
    夫道德仁義禮、五者一體也。道者人之所蹈、使萬物不知其所由。德者人之所得、使萬物各得其所欲。仁者人之所親、有慈慧惻隱之心、以遂其生成。義者人之所宜、賞善罰惡、以立功立事。禮者人之所履、夙興夜寐、以成人倫之序。夫欲為人之本、不可無一焉注1夫欲為人之本、不可無一焉:《素書》張商英注 →老子曰、夫道而後德、失德而後仁、失仁而後義、失義而後禮。失者、散也。道散而為德、德散而為仁、仁散而為義、義散而為禮。五者未嘗不相為用、而要其不散者、道妙而已。。賢人君子、明於盛衰之道、通乎成敗之數、審乎治亂之勢、達乎去就之理。故潛居抱道、以待其時。若時至而行、則能極人臣之位、得機而動、則能成絕代之功、如其不遇、沒身而已。是以其道足高、而名重於後代。
  • 書き下し
    夫れ道・德・仁・義・禮、五者は一體なり。道は人の蹈む所、萬物をして其の由の所を知らざらしむ。德は人の得る所、萬物をして其の欲する所を各に得ざらしむ。仁は人の親しむ所、慈慧と惻隱の心あり、以て遂に其の成を生ず。義は人の宜しき所、善を賞し惡を罰し、以て功を立て事を立つ。禮は人の履する所、夙(つと)に興き夜に寐、以て人倫の序を成す。夫れ人の本を欲すると為し、一無かるべからず。賢人君子、盛衰の道を明らかにし、成敗の數に通じ、治亂の勢を審らかにし、去就の理に達す。故に居を潛め道を抱き、以て其の時を待つ。若し時至りて行けば、則ち能く人臣の位を極む、機を得て動けば、則ち能く絕代の功を成し、如し其に遇わずば、身を沒するのみ。是を以て其の道高むるに足りて、名を後代に重す。
  • 現代語訳
  • 道・德・仁・義・禮。この五者は本質的には同一のもの。

    道は自然の理で、万物すべてが道に従いながらも、その法則性は掴みきれないもの。徳は体得するもので、必ずしも万物すべてが身につけるものではなし。仁は人が親しむもので、思いやりの心があり、それをもって成し遂げるもの。義は人が良しとするもので、善を賞し惡を罰し、それをもって功績を立てて事を成すもの。礼は人がおこなうもので、朝起きて夜寝るように、秩序を保って事を成すもの。これらは人の根本を形成するもので、どれか一つが欠けていてもならず。

    これをわきまえた賢人君子というものは、盛衰をよく判断し、成敗の計算に通じ、治乱の扱いに詳しく、事にあたれば立ち回りの達人。このような者は、思いを胸に世を忍んでいても、時が来れば招かれて、そして高い地位に昇ることになる。機を得て動けば絶大な功績をたて、もしそうでなければ世に埋もれるまで。このように動けば道のはたらきを効率よく発揮でき、そして名前は後代にまで重く扱われる。

  • 語句解説
    惻隱之心
    そくいんのこころ。思いやり心。/《孟子・告子上》惻隱之心人皆有之~惻隱之心仁也。《孟子・公孫醜章句》惻隱之心仁之端也。

02 正道章

正道章 →張商英注:道不可以非正(道、正非ざるを以てすべからず)

  • 原文
    德足以懷遠注2德足以懷遠:《素書》張商英注 →懷者、中心悅而誠服之謂也。、信足以一異、義足以得眾、才足以鑒古、明足以照下、此人之俊也。行足以為儀表、智足以決嫌疑、信可以使守約、廉可以使分財、此人之豪也。守職而不廢、處義而不回注3守職而不廢、處義而不回:《素書》張商英注 →迫於利害之際而確然守義者、此不回也。、見嫌而不苟免、見利而不苟得、此人之傑也。
  • 書き下し
    德足るを以て遠くを懷し、信足るを以て異を一にし、義足るを以て眾を得、才足るを以て古を鑒み、明足るを以て下を照す、此れ人の俊なり。行足るを以て儀を表すと為し、智足るを以て嫌疑を決し、信す可きを以て守約せしめ、廉す可きを以て分財せしむ、此れ人の豪なり。職を守りて廢せず、義を處して回せず、嫌を見して免を苟せず、利を見して得を苟せず、此れ人の傑なり。
  • 現代語訳
  • 徳を充実させて遠方までよく治め、信頼を充実させて一つにまとめ、義を充実させて人心を得て、才能を充実させて歴史に学び、明智を充実させて下を教化する、これこそが人の俊傑(すぐれた人物)。

    行いを正して善き道を示し、智を磨いて疑わしき事をよく見極め、信頼を得て法を守らせ、清廉にして財を分け与える、これこそが人の豪傑。

    職責を守って廃れさせず、義に身を置いて惑わされず、嫌疑を明確にして自らの責任はいいかげんにせず、利を掴んでも独り占めにしない、これこそが人の英傑(すぐれた人物)。

  • 語句解説
    守約
    しゅやく。規則や約束の遵守。/《文子・上礼》行可以為儀表、智足以決嫌疑、信可以守約、廉可以使分財、作事可法、出言可道、人傑也。

03 求人之志章

求人之志章 →張商英注:志不可以妄求(志、妄求を以てすべからず)

  • 原文
    絕嗜禁欲、所以除累注4絕嗜禁欲、所以除累:《素書》張商英注 →人性清淨、本無系累、嗜欲所牽、舍己逐物。。抑非損惡、所以讓過注5抑非損惡、所以禳過:《素書》張商英注 →禳、猶祈禳而去之也。非至於無、抑惡至於無、損過可以無禳爾。。貶酒闕色、所以無污。避嫌遠疑、所以不悞。博學切問、所以廣知。高行微言、所以脩身。恭儉謙約、所以自守。深計遠慮、所以不窮。親仁友直、所以扶顛。近恕篤行、所以接人。任材使能、所以濟物。殫惡斥讒、所以止亂。推古驗今、所以不惑。先揆後度、所以應卒。設變致權、所以解結。括囊順會、所以無咎。橛橛梗梗注6橛橛梗梗:《素書》張商英注 →橛橛者、有所恃而不可搖、梗梗者、有所立而不可撓。、所以立功。孜孜淑淑注7孜孜淑淑:《素書》張商英注 →孜孜者、勤之又勤、淑淑者、善之又善。、所以保終。
  • 書き下し
    嗜を絕ち欲を禁ずは、累を除く所以なり。非を抑え惡を損ずは、過を禳(はら)う所以なり。酒を貶し色を闕くは、污を無くす所以なり。嫌を避け疑を遠すは、悞せざる所以なり。博學にして切問するは、知を廣む所以なり。行を高め言を微するは、身を脩む所以なり。儉を恭し約を謙すは、自守の所以なり。計を深め慮を遠くにするは、窮せざる所以なり。友直に仁を親しむは、顛を扶す所以なり。恕と篤行を近くにするは、人を接す所以なり。材を任じ能く使すは、物を濟す所以なり。惡を殫し讒を斥すは、亂を止む所以。古を推し今の驗(しるし)とするは、惑わざる所以なり。先揆し度を後にするは、卒に應ず所以なり。變を設け權を致すは、結を解く所以なり。順會して括囊するは、咎無き所以なり。橛橛梗梗は、功を立つ所以なり。孜孜淑淑は、終を保つ所以なり。
  • 現代語訳
  • 禁欲的なのは、身を清らかにする行い。非道を抑え悪行を除くのは、過失を取り去る行い。酒も色も欠くのは、汚れを無くす行い。嫌疑を避けて遠ざけるのは、誤りをなくす行い。学がありながら人に助言を求めるのは、知慧を広める行い。活動は精力的で言動は静かであるのは、身を修める行い。人を敬い、また質素に慎ましくするのは、自分を守る行い。計謀と思慮が深いのは、困窮することのない行い。良き友と交友を深めるのは、倒れたときの助けを得る行い。思いやりの心をもった振る舞いは、人を近づける行い。人材を上手く使いこなすのは、事を成す行い。悪口を絶ち讒言を排斥するのは、乱れを止める行い。古から推察して現在の知恵とするのは、惑いのない行い。先発して後で考えるのは、緊急事態に応ずる行い。変化を仕掛けて権謀をめぐらすのは、あいての結束を解く行い。会議にあって不言なのは、過ちのない行い。橛橛梗梗(盤石な行動)なのは、功を立てる行い。孜孜淑淑(真面目な行動)なのは、終生を保つ行い。

  • 語句解説
    切問
    せつもん。助言を求める、人にアドバイスを求めること。/《論語・子張》博學而篤志、切問而近思。 →《論語》邢昺疏:切問者、親切問於已所學未悟之事、不氾濫問之也。
  • 語句解説
    恭儉
    きょうけん。敬いのこころ、または質素にすること。/《書・周官》恭儉惟德、無載爾偽。《晏子春秋・外篇上二七》景公奢、晏子事之以恭儉。《後漢書・祭遵傳》少好經書、家富給、而遵恭儉、惡衣服。
  • 語句解説
    友直
    ゆうちょく。正直な友、気持ちや行いの真っ直ぐな友。/《論語・季氏》益者三友、損者三友。友直、友諒、友多聞、益矣。
  • 語句解説
    應卒
    おうそつ。卒(にわか)に対応すること。または應猝、緊急事態の対応。/《墨子・七患》心無備慮、不可以應卒。《孫臏兵法・陳忌問壘》用此者、所以應猝窘處隘塞死地之中也。
  • 語句解説
    括囊
    かつのう。囊(ふくろ)を括ること、口を閉じること、転じて不言。/《易・坤》括囊、無咎無譽。 →《易》孔穎達疏:括、結也。囊、所以貯物、以譬心藏知也。《潛夫論・賢難》此智士所以鉗口結舌、括囊共默而已者也。閉其知而不用、故曰括囊。
  • 語句解説
    順會
    じゅんかい。会に順(したが)うこと、会議への参加。/清・林則徐《林則徐日記・道光二十一年正月二十五日》鄧嶰翁來、珠秋山太守入都、家古畬明府回閩、均於明日登舟、飯後出往送之、順會數客回。/《禮・樂記》竹聲濫、濫以立會、會以聚眾。《春秋左傳・昭公三年》有事而會、不協而盟。
  • 語句解説
    橛橛梗梗
    けつけつこうこう。杭をしっかり打って固く塞ぐこと、揺るぎのない盤石なさま。/《素書》張商英注 →脚注6参照。
  • 語句解説
    孜孜淑淑
    しししゅくしゅく。しっかり勤め上げ、とても善い様子。/《素書》張商英注 →脚注7参照。

04 本德宗道章

本德宗道章 →張商英注:宗不可以離道德(宗、道德離するを以てすべからず)

  • 原文
    夫志心篤行之術。長莫長於博謀。安莫安於忍辱。先莫先於脩德。樂莫樂於好善。神莫神於至誠注8神莫神於至誠:《素書》張商英注 →無所不通之謂神。人之神與天地參、而不能神於天地者、以其不至誠也。。明莫明於體物注9明莫明於體物:《素書》張商英注 →記云、清明在躬、志氣如神。如是、則萬物之來、其能逃吾之照乎。。吉莫吉於知足注10吉莫吉於知足:《素書》張商英注 →知足之吉、吉之又吉。。苦莫苦於多願。悲莫悲於精散注11明莫明於體物:《素書》張商英注 →道之所生之謂一、純一之謂精、精之所發之謂神。其潛於無也、則無生無死、無先無後、無陰無陽、無動無靜。。病莫病於無常注12病莫病於無常:《素書》張商英注 →天地所以能長久者、以其有常也。人而無常、不其病乎。。短莫短於苟得。幽莫幽於貪鄙注13幽莫幽於貪鄙:《素書》張商英注 →以身豶物、暗莫甚焉。。孤莫孤於自恃。危莫危於任疑注14危莫危於任疑:《素書》張商英注 →漢疑韓信而任之、而信幾叛。唐疑李懷光而任之、而懷光遂逆。。敗莫敗於多私。
  • 書き下し
    夫れ志心篤行の術。長は博謀より長なるは莫し。安は忍辱より安なるは莫し。先は脩德より先なるは莫し。樂は好善より樂なるは莫し。神は至誠より神なるは莫し。明は體物より明なるは莫し。吉は知足より吉なるは莫し。苦は多願より苦なるは莫し。悲は精散より悲なるは莫し。病は無常より病なるは莫し。短は苟得より短なるは莫し。幽は貪鄙より幽なるは莫し。孤は自恃より孤なるは莫し。危は任疑より危なるは莫し。敗は多私より敗なるは莫し。
  • 現代語訳
  • 性質を高め実直に行う方法。長じるに謀を磨くより良いものはなし。安定するに忍辱(耐え忍ぶ)より良いものはなし。先んじるに脩德(己の徳、内面を磨く)より良いものはなし。樂しみに好善(改善を好む)より良いものはなし。神(道のはたらき)に通じるに誠実に至るより良いものはなし。明確にするのに體物(万物・事物)を察するより良いものはなし。吉に既にある充足を知覚するより良いものはなし。

    苦に多く願うことより悪いことはなし。悲に道を外れるより悪いことはなし。病に自然に則さない行いより悪いものはなし。短縮するに苟得(不正な利得)より悪いものはなし。幽するに貪鄙(貪欲で卑劣)より悪いものはなし。孤立に自らのみを頼みにするより悪いものはなし。危するに任疑(任せながら疑う)より悪いものはなし。腐敗するに私利を多く求めるより悪いものはなし。

  • 語句解説
    志心
    ししん。心氣(性格・心意・心情)。/《黄帝内経素問・陰陽類論》伏鼓不浮、上空志心。:《素問》王冰注→脈伏鼓擊而不上浮者、是心氣不足。參見心氣。
  • 語句解説
    好善
    こうぜん。良くすることを好む。/《周禮・夏官・合方氏》除其怨惡、同其好善。:《周禮》鄭玄注→所好所善、謂風俗所高尚。
  • 語句解説
    體物
    たいぶつ。生体、万物。事物。/《禮記・中庸》鬼神之為德、其盛矣乎。視之而弗見、聽之而弗聞、體物而不可遺。:《禮記》鄭玄注→體猶生也。可猶所也。:《禮記》孔穎達疏→言鬼神之道生養萬物無不周徧、而不有所遺、言萬物無不以鬼神之氣生也。《文賦》詩緣情而綺靡、賦體物而瀏亮。
  • 語句解説
    知足
    ちそく。足るを知る。満足、充足を知覚する。/《老子・三十三章》知足者富。
  • 語句解説
    任疑
    にんぎ。任せながら疑う、疑いながら任せる。/《素書》張商英注→脚注14参照。

05 遵義章

遵義章 →張商英注:遵而行之者義也(遵して之を行う者は義なり)

  • 原文
    以明示下者闇。有過不知者蔽。迷而不返者惑。以言取怨者禍。令與心乖者廢。後令繆前者毀。怒而無威者犯。好眾辱人者殃。戮辱所任者危。慢其所敬者凶。貌合心離者孤。親讒遠忠者亡。近色遠賢者惽。女謁公行者亂。私人以官者浮。凌下取勝者侵。名不勝實者耗。略己而責人者不治。自厚而薄人者棄廢注15自厚而薄人者棄廢:《素書》張商英注 →自厚而薄人、則人才將棄廢矣。。以過棄功者損。群下外異者淪。既用不任者踈。行賞恡色者沮。多許少與者怨。既迎而拒者乖。薄施厚望者不報。貴而忘賤者不久。念舊而棄新功者凶。用人不得正者殆、彊用人者不畜注16用人不得正者殆、彊用人者不畜:《素書》張商英注 →曹操疆用關羽、而終歸劉備、此不畜也。。為人擇官者亂、失其所彊者弱。決策於不仁者險。陰計外泄者敗。厚歛薄施者凋。戰士貧游士富者喪。貨賂公行者昧。聞善忽略、記過不忘者暴。所任不可信、所信不可任者濁。牧人以德者集。繩人以刑者散。小功不賞、則大功不立、小怨不赦、則大怨必生。賞不服人、罰不甘心者叛。賞及無功、罰及無罪者酷。聽讒而美、聞諫而仇者亡。能有其有者安、貪人之有者殘。
  • 書き下し
    明を以て下を示すは闇なり。過有るを知らざるものは蔽なり。迷いて返さざる者は惑なり。言を以て怨を取るは禍なり。心と令を乖すは廢なり。令を後にして前に繆する者は毀なり。怒して威を無にする者は犯す。眾を好み人を辱す者は殃。戮辱に任す所の者は危。其の慢を敬する所の者は凶。貌合心離の者は孤。讒を親しみ忠を遠す者は亡。色を近け賢を遠す者は惽。女謁を公行する者は亂。私人を以て官する者は浮。下を凌ぎ勝を取る者は侵。名實に勝たざる者は耗。己を略して人に責する者は治せず。厚を自して人を薄す者は棄廢。過を以て功を棄する者は損。下外の群と異する者は淪。既に用して不任の者は踈。行賞して色を恡す者は沮。許多く與少なき者は怨。既迎して拒する者は乖。施を薄くし望を厚す者は不報。貴して賤を忘る者は不久。念舊して新功を棄する者は凶。人を用い正を得ざる者は殆、彊用の人は不畜。人擇を為して官する者は亂あり、其の失する所の彊者は弱。策を不仁より決する者は險。陰計を外泄する者は敗。歛を厚くし施を薄くする者は凋。戰士を貧し游士を富す者は喪。貨賂公行の者は昧。善を聞き略を忽にし、過を記し忘れざる者は暴。任ずる所を信すべからず、信ずる所を任すべからざる者は濁。人を牧するに德を以てする者は集。人を繩するに刑を以てする者は散。小功を賞せざれば、則ち大功を立てず、小怨を赦さざれば、則ち大怨必ず生ず。賞せずに人を服し、罰せずに心甘くする者は叛。功無きを賞するに及び、無罪を罰するに及ぶ者は酷。讒を聽きて美し、諫を聞きて仇す者は亡ぶ。能く其の有を有する者は安く、人の有を貪る者は殘(そこな)う。
  • 現代語訳
  • 明確にして下に示すのはそれが暗愚であるから。過失があっても知らせないのはそれを隠蔽するから。迷っていて返答しないのはそれに困惑しているから。

    言動で怨みを買う者は災いの原因。心意と命令が乖離しているのは廃れの原因。後と号令して前と誤るのは破滅の原因。

    怒りの感情で威信を無くすのは犯罪。人気取りを好んで他人を侮辱するのは災い。殺戮と陵辱を趣向するものは危険。自慢して鼻にかけるものは凶行。表では合わせて裏で心を異にするものは孤立。讒言して忠臣を遠ざけるものは亡者。好色して賢者を遠ざけるものは不賢。寵姫の言に乗せられて公に行うものは乱れ。好みの者だけを官に取り立てるものは浮薄(軽薄)。下を凌駕して勝つものは侵略。名前が実力にともなっていないものは耗(たより)なし。自分のことは棚に上げて他人を叱責するものは治められない。自分は手厚く他人には薄くするものは他人を捨て廃れさせる行い。十分なのに功を放棄するものは損。周りの群れと心を異にするものは淪(しずむ・おちる)。用いた後に任せないものは踈(うとむ)。賞を与えて惜しむものは沮(はばむ)。不要に許して賞与が少ないものは怨を買う。迎え入れながら拒絶するものは乖(そむく・もとる)。施しは薄く望みだけ厚いものは報われず。高貴にのぼって下を忘れるものは久しからず。旧事にとらわれて功績を立てられないものは凶行。

    人を用いて心が得られないのは危険あり、豪傑はうまく飼いならせない。徳で人を治める指揮官には乱れの種あり、その者を一度失えば強者も崩れる。

    不仁の者の策謀を採るのは危険。隠すべき計を漏らすものは敗北する。のぞみを厚くし施しの薄いものは凋落。実働する兵士を貧しくし遊説の弁士を富ますものは喪(うしなう)。収賄を公に行うものは愚昧。

    善を聞き入れ計略を素早く行い、過失を記録し忘れないものは暴(あばく)。用いて信用することができず、信頼しても任せられないものは濁(にごる)。人を養うのに徳をもって行うものは集(つどう)。人を捕縛するのに刑罰をもって行うものは(人が)散る。小さな功を賞すれば、大きな功を立てなくなり、小さな怨みを許さなければ、大きな怨みを生む。賞与なく人の上に立ち、罰なく心甘くするものは叛(そむく)。功績がないのに賞与し、罪が無いのに罰するものは酷。讒言を受けて美を飾り、諫言を聞いてそれに仇なすものは亡ぶ。自分の有するもの守れば安定し、他人のものをむさぼれば問題が起きる。

  • 語句解説
    戮辱
    りくじょく。殺戮、陵辱。/《韓非子・難言第三》然則雖賢聖、不能逃死亡避戮辱者、何也。
  • 語句解説
    貌合心離
    ぼうごうしんり。貌(かたち)は合わせながら、心は離れていること。表向きは親密にしながら裏では心離れている様子。/初出:《素書・遵義第五》。
  • 語句解説
    女謁
    じょえつ・にょえつ。後宮の寵姫。またはその言。/《韓非子・詭使第四十五》近習女謁並行、百官主爵遷人、用事者過矣。
  • 語句解説
    念舊
    ねんきゅう。念旧。旧を念ずる、むかしのことを考慮する、古に学ぶ。/《晉書・呂光載記》朔馬心何悲、念舊中心勞。
  • 語句解説
    貨賂
    かろ。賄賂。収賄。/《管子・七臣七主》故君法則主位安、臣法則貨賂止、而民無姦。《韓非子・五蠹第四十九》行貨賂而襲當塗者則求得、求得則私安。

06 安禮章

安禮章 →張商英注:安而履之之謂禮(安して之を履す、之を禮と謂う)

  • 原文
    怨在不捨小過、患在不預定謀。福在積善、禍在積惡注17怨在不捨小過、患在不預定謀。福在積善、禍在積惡:《素書》張商英注 →善積則致於福、惡積則致於禍、無善無惡、則亦無禍無福矣。。飢在賤農、寒在墮織。安在得人、危在失事。富在迎來、貧在棄時。上無常操、下多疑心注18上無常操、下多疑心:《素書》張商英注 →躁靜無常、喜怒不節、群情猜疑、莫能自安。。輕上生罪、侮下無親。近臣不重、遠臣輕之。自疑不信人、自信不疑人。枉士無正友、曲上無直下。危國無賢人、亂政無善人注19危國無賢人、亂政無善人:《素書》張商英注 →非無賢人善人、不能用故也。。愛人深者求賢急、樂得賢者養人厚。國將霸者士皆歸、邦將亡者賢先避。地薄者大物不産、水淺者大魚不遊、樹禿者大禽不棲、林踈者大獸不居。山峭者崩、澤滿者溢。棄王取石者盲、羊質虎皮者柔。衣不舉領者倒、走不視地者顛注20衣不舉領者倒、走不視地者顛:《素書》張商英注 →當上而下。當下而上。/《玉篇》衣、所以形軀依也。《易・繫辭》黃帝堯舜垂衣裳、而天下治、蓋取諸乾坤。。柱弱者屋壞、輔弱者國傾。足寒傷心、人怨傷國。山將崩者下先隳、國將衰者人先獘。根枯枝朽、人困國殘。與覆車同軌者傾、與亡國同事者滅。見已生者慎將生、惡其跡者須避之。畏危者安、畏亡者存。夫人之所行、有道則吉、無道則凶。吉者百福所歸、凶者百禍所攻。非其神聖、自然所鍾注21非其神聖、自然所鍾:《素書》張商英注 →豈有神聖為之主宰、乃自然之理也。。務善策者無惡事、無遠慮者有近憂。同志相得。同仁相憂。同惡相黨。同愛相求。同美相妬。同智相謀。同貴相害。同利相忌。同聲相應。同氣相感。同類相依。同義相親。同難相濟。同道相成。同藝相規。同巧相勝。此乃數之所得、不可與理違。釋己而教人者逆、正己而化人者順注22釋己而教人者逆、正己而化人者順:《素書》張商英注 →教者以言、化者以道。老子曰、法令滋彰、盜賊多有。教之逆者也。我無為、而民自化、我無欲、而民自樸。化之順者也。/「法令滋彰、盜賊多有。」と「我無為、而民自化、我無欲、而民自樸。」は《老子・五十七章》にあり。。逆者難從、順者易行、難從則亂、易行則理。如此、理身、理家、理國、可也。
  • 書き下し
    小過を捨てざれば怨在り、謀を定むに預せざれば患在り。善を積めば福在り、惡を積めば禍在り。農を賤せば飢在り、織を墮せば寒在り。人を得れば安在り、事を失すれば危在り。來たるを迎えれば富在り、時を棄せば貧在り。上を無常を操(躁)し、下の心疑多し。上を輕せば罪を生み、下を侮せば親を無にす。臣近ければ重からず、臣遠ければ之を輕す。自を疑せば人を信せず、自を信せば人を疑せず。枉士は友を正すこと無し、上を曲げれば下を直すこと無し。國の危に賢人無し、政の亂に善人無し。人の深きを愛する者は急ぎ賢を求む、賢得ることを樂しむ者は人の厚を養す。將を霸する国は士皆な歸し、將を亡くす邦は賢先に避く。薄き地は大物を產まず、淺き水は大魚遊せず、禿し樹は大禽棲まず、踈き林は大獸居らず。峭しい山は崩れ、滿る澤は溢す。王を棄て石を取るは盲、羊質虎皮するは柔。衣して領を舉げざるは倒、走して地を視ざるは顛。弱き柱は屋を壞し、弱き輔は國を傾す。足寒は傷心し、人怨は國傷む。山將し崩るれば下先に隳し、國將し衰すれば人先に獘す。枝朽の根の枯れるは、國に殘る人困す。覆車と軌を同じきにするは傾、亡國と事を同じきにするは滅。已を見して生すものは將の慎を生じ、其の惡を跡すは須く之を避く。危畏るるは安、亡畏るるは存。夫れ人の所行、有道なれば則ち吉、無道なれば則ち凶。吉は百福の歸す所、凶は百禍の攻むる所。其れ神聖に非らず、自然の鍾する所。善く務め策すものは惡事無し、遠慮無きものは近憂あり。志同じきは相い得る。仁同じきは相い憂う。惡同じきは相い黨す。愛同じきは相い求む。美同じきは相い妬む。智同じきは相い謀る。貴同じきは相い害す。利同じきは相い忌す。聲同じきは相い應ず。氣同じきは相い感ず。類同じきは相い依る。義同じきは相い親す。難同じきは相い濟す。道同じきは相い成す。藝同じきは相い規す。巧同じきは相い勝す。此れ乃ち數の得る所なるも、理と違にすべからず。己を釋して人に教すは逆、己を正して人に化するは順。逆は從うに難く、順は行うに易し、難に從えば則ち亂れ、易に行えば則ち理む。此の如く、身を理め、家を理め、國を理むるは、可なり。
  • 現代語訳
  • 小さな過失を流さなければ怨まれ、謀の決定権を預けなければ患いが生じる。善を積めば福があり、悪を積めば災いあり。農事を低く見れば飢餓あり。織物を無くせば寒さあり。人心人材を得れば安定あり、事を失すれば危険あり。来る人を迎えれば富あり、時を惜しめば貧あり。

    上がせわしなく動けば、下は疑う。上を軽んじれば罪が生まれ、下を侮れば親しみが失われる。臣下と近しいのは重々しさがなくなり、臣下と疎遠であれば軽んじられる。自らを疑うものは他人を信じず、自らを信じるものは他人を疑わない。姦臣が同僚を正すことはない、上が湾曲すれば下を直すことはできない。

    国が危機におちいるのは賢人を用いないから、政治が乱れるのは善人を用いないから。人材を深く愛するものは性急に賢人を求める、賢人を得ることを楽しむものは人心をよく養う。将軍を旗頭にする国は賢人を招くことができず、将軍を亡き者にする国は賢人に避けられる。

    枯れた土地からは大物は産まれず、浅い水には大魚が巡って来ず、禿山の林には猛禽類は棲息せず、まばらな森を大獣は拠点としない。険しい山は崩落し、満水の澤は溢れる。王者を捨てて石ころを拾うのは見る目がなく、本質を見極めるものは柔軟。

    国を治めて領地を持ち上げないものは倒れ、土地を往来して土地を見ないものは転倒する。弱い柱は家屋を壊し、弱い国の柱は国を傾かす。足元が冷えれば中心まで傷つき、人に怨まれれば国まで傷つく。山が崩壊すれば先ず下々が崩れ、国が衰退すれば先ず人民が疲弊する。賢人という国の根が枯れてしまえば、残された人々が困る。失敗の軌跡と軌道を同じくすれば国は傾き、亡国の行いと同じくすれば国は滅ぶ。

    自分の行いを明らかにして行動すれば部下の慎ましさを生み、悪行の足跡を残して行動すれば尽く人に避けられる。危険を畏れるものは(対処するので)返って安定し、滅亡を畏れるものは(対処するので)返って存続する。

    人の所行というものは、道(のはたらき)に則していれば吉、道を外れれば凶。吉とは百福(たくさんの福)の帰する所、凶とは百禍(たくさんの災)がおさまるところ。その吉凶は王のように崇高なものではなく、自然のはたらき、自然の理。

    良く働き良く策を巡らすものは悪事なく、遠くを慮らないものは近くに憂いあり。志を同じくするものは互いに得る。仁を同じくするものは互いに憂う。悪を同じくするものは徒党を組む。愛を同じくするものは互いに求め合う。美を同じくするものは互いに嫉妬する。智を同じくするものは互いに謀る。貴を同じくするものは互いに敵害する。利を同じくするものは互いに嫌忌する。声を同じくするものは互いに応ずる。気を同じくするものは互いに感じる。類を同じくするものは互いに依る。義を同じくするものは互いに親しむ。難を同じくするものは互いに行う。道を同じくするものは互いに成す。芸を同じくするものは互いを規範とする。巧(わざ)を同じくするものは互いに競う。これらはつまり数(計)によって得られた結果ながら、自然の理に則したもの。

    自らの徳を高めてから人を言葉で教えるのは理に逆うこと、自らを正してから道によって教化するのは理に順すること。理に逆うことは行い難く、理に順したことは行うに易く、行い難いのに無理矢理行えば乱れ、行いやすいことを素直に行えば上手くまとまる。このように、身をおさめ、家をおさめ、国をおさめるようにすれば、全てが丸くおさまる。

  • 語句解説
    羊質虎皮
    ようしつこひ。虎の皮を被った羊。ものごとの本質を見る力。/《三國志・呉書・王蕃傳》蕃嘲彧曰、魚潛於淵、出水煦沫。何則。物有本性、不可橫處非分也。彧出自溪谷、羊質虎皮、虛受光赫之寵、跨越三九之位、犬馬猶能識養、將何以報厚施乎。
  • 語句解説
    覆車
    ふくしゃ。車輪の軌跡、走ってきた軌跡、失敗から得た教訓の比喩。/《後漢書・翟酺傳》祿去公室、政移私門、覆車重尋、寧無摧折。
  • 語句解説
    神聖
    しんせい。ここでは崇高、尊貴なものと解釈。/《莊子・天道》夫巧知神聖之人、吾自以為脫焉。《左傳・昭公二十六年》至於靈王、生而有頿。王甚神聖、無惡於諸侯。

《素書》以上。

関連 《三略》上略

関連 《三略》中略

関連 《三略》下略

脚注

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1. 夫欲為人之本、不可無一焉:《素書》張商英注 →老子曰、夫道而後德、失德而後仁、失仁而後義、失義而後禮。失者、散也。道散而為德、德散而為仁、仁散而為義、義散而為禮。五者未嘗不相為用、而要其不散者、道妙而已。
2. 德足以懷遠:《素書》張商英注 →懷者、中心悅而誠服之謂也。
3. 守職而不廢、處義而不回:《素書》張商英注 →迫於利害之際而確然守義者、此不回也。
4. 絕嗜禁欲、所以除累:《素書》張商英注 →人性清淨、本無系累、嗜欲所牽、舍己逐物。
5. 抑非損惡、所以禳過:《素書》張商英注 →禳、猶祈禳而去之也。非至於無、抑惡至於無、損過可以無禳爾。
6. 橛橛梗梗:《素書》張商英注 →橛橛者、有所恃而不可搖、梗梗者、有所立而不可撓。
7. 孜孜淑淑:《素書》張商英注 →孜孜者、勤之又勤、淑淑者、善之又善。
8. 神莫神於至誠:《素書》張商英注 →無所不通之謂神。人之神與天地參、而不能神於天地者、以其不至誠也。
9. 明莫明於體物:《素書》張商英注 →記云、清明在躬、志氣如神。如是、則萬物之來、其能逃吾之照乎。
10. 吉莫吉於知足:《素書》張商英注 →知足之吉、吉之又吉。
11. 明莫明於體物:《素書》張商英注 →道之所生之謂一、純一之謂精、精之所發之謂神。其潛於無也、則無生無死、無先無後、無陰無陽、無動無靜。
12. 病莫病於無常:《素書》張商英注 →天地所以能長久者、以其有常也。人而無常、不其病乎。
13. 幽莫幽於貪鄙:《素書》張商英注 →以身豶物、暗莫甚焉。
14. 危莫危於任疑:《素書》張商英注 →漢疑韓信而任之、而信幾叛。唐疑李懷光而任之、而懷光遂逆。
15. 自厚而薄人者棄廢:《素書》張商英注 →自厚而薄人、則人才將棄廢矣。
16. 用人不得正者殆、彊用人者不畜:《素書》張商英注 →曹操疆用關羽、而終歸劉備、此不畜也。
17. 怨在不捨小過、患在不預定謀。福在積善、禍在積惡:《素書》張商英注 →善積則致於福、惡積則致於禍、無善無惡、則亦無禍無福矣。
18. 上無常操、下多疑心:《素書》張商英注 →躁靜無常、喜怒不節、群情猜疑、莫能自安。
19. 危國無賢人、亂政無善人:《素書》張商英注 →非無賢人善人、不能用故也。
20. 衣不舉領者倒、走不視地者顛:《素書》張商英注 →當上而下。當下而上。/《玉篇》衣、所以形軀依也。《易・繫辭》黃帝堯舜垂衣裳、而天下治、蓋取諸乾坤。
21. 非其神聖、自然所鍾:《素書》張商英注 →豈有神聖為之主宰、乃自然之理也。
22. 釋己而教人者逆、正己而化人者順:《素書》張商英注 →教者以言、化者以道。老子曰、法令滋彰、盜賊多有。教之逆者也。我無為、而民自化、我無欲、而民自樸。化之順者也。/「法令滋彰、盜賊多有。」と「我無為、而民自化、我無欲、而民自樸。」は《老子・五十七章》にあり。