孫子兵法 形篇(活用と教養のためのヒント)+曹操注

こちらは孫子兵法「形篇」の訳文および解説文です。まとめ・雑学・解釈の出典がわかる補足つきです。

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孫子兵法 形編(巻上)

形篇ではおもに余力をもって敵に当たること、不敗の態勢で敵に当たることの大切さについて語られます。宋本十一家注孫子では計篇・作戦篇・謀攻篇・形篇までの4篇が上巻に分類されています。

勝は知るべし、而して為すべからず

勝は知るべし、而して為すべからず

どうあがいても成功できる圧倒的な【ちから】【かたち】が用意できれば変化に強くなる

孫子曰、昔之善戰者、先爲不可勝、以待敵之可勝。不可勝在己、可勝在敵。故善戰者、能爲不可勝。不能使敵之可勝。故曰、勝可知、而不可爲。不可勝者、守也、可勝者、攻也。守則不足、攻則有餘。善守者、藏於九地之下、善攻者、動於九天之上、故能自保而全勝也。

孫子曰く、昔の善く戦う者は、先ず勝つべからざるを為して、以て敵の勝つべきを待つ。勝つべからずは己に(要因が)在るも、勝つべきは敵に(要因が)在り。故によく戦う者は、よく勝つべからざるを為すも、敵をして勝つべからしむること能わず。故に曰く、勝は知るべし(勝利はみえても)、しかして為すべからず(かならず為せるわけではない)と。勝つべからざるは守なり(勝つことが出来ない状態は守備でつくる)。勝つべきものは攻なり(勝ことができる状態は攻撃でつくる)。守はすなわち足らざればなり、攻はすなわち余り有ればなり。よく守る者は、九地の下にかくれ、よく攻むる者は、九天の上に動く、故に自らを保ちて勝ちを全うするなり。

 要約 【まとめ】守備は見通せても、攻撃して勝つことは相手のあることなので難しい。勝つには余りある力で攻めるものです。

 活用 【活用ヒント】攻めるなら相手の頑張りが効かないほどの圧倒的な状態を武器にして勝ちましょう。

 教養 ※形編=篇名は「宋本十一家注孫子」では形篇、「武経七書」系の孫子では軍形第四、仙台藩の儒学者・櫻田景迪の校「古文孫子」では形篇第四、銀雀山漢墓の竹簡孫子では刑(形)となっています。

※藏=蔵。ここではかくす、かくれるの意味にとります。蔵匿。

※守則不足、攻則有餘。=銀雀山漢墓の竹簡孫子では守則有餘、攻則不足。逆の意味になっています。

※九地=きわめて低い場所。地の底。深くて知ることが出来ないさま(梅堯臣の注)。尉繚子にいう「若祕於地、若邃於天(もし秘めるなら地に、もし悟るなら天に)」(何氏・張預の注)※九天=きわめて高いところ。高くて測れないさま(梅堯臣の注)。究極(王皙の注)。天界。方角を九つに区分した名前(九重天)→中央=鈞天、東=蒼天、西=昊天、南=炎天、北=玄天、北東=変天、南東=陽天、南西=朱天、北西=幽天。《呂氏春秋》参照。ここでいう九天の上に動くとは、様々なものを超越したところで行動するものと解釈が出来ます。

勝兵は先ず勝ちて而る後に勝を求む

見勝不過衆人之所知、非善之善者也、戰勝而天下曰善、非善之善者也。故舉秋毫不爲多力、見日月不爲明目、聞雷霆不爲聰耳。古之所謂善戰者、勝於易勝者也。故善戰者之勝也、無智名、無勇功。故其戰勝不忒、不忒者、其所措必勝、勝已敗者也。故善戰者、立於不敗之地、而不失敵之敗也。是故勝兵先勝而後求戰、敗兵先戰而後求勝。善用兵者、修道而保法、故能爲勝敗之政。

勝を見ること衆人の知るところに過ぎざるは(勝利をあらわすのに一般が理解できる程度では)、善の善なるものに非ざるなり。戦い勝ちて天下に善なりと曰うは(勝利してひろく良いと称えられるのは)、善の善なるものに非ざるなり。ゆえに秋毫(かるいもの)を挙ぐるのに多力と為さず(力持ちとはされない)、日月を見るのに明目と為さず(目が良いとはされない)、雷霆(雷鳴のとどろき)を聞くのに聰耳と為さず(耳が良いとはされない)。いにしえのいわゆる善く戦う者は、勝ちやすきに勝つものなり。故に善く戦う者の勝は(勝ち方は)、智名なく、勇功もなし。故にその戦勝をたがわず(勝ちを間違えない・逃さない)、たがわざるものは、その必勝を措くところ(勝つためのふるまいは)、すでに敗るる者に勝てばなり。故に善く戦う者は、不敗の地に立ち、而して敵の敗を失わざるなり。是の故に勝兵はまず勝ちて而る後に戦を求め、敗兵はまず戦いて而る後に勝ちを求む。善く兵を用いる者は、道を修めて法を保つ、故に勝敗の政を為す。

 要約 【まとめ】よい勝利は安定した勝ちです。よい勝利は勝ちを決めてから戦いを始めるものです。

 活用 【活用ヒント】よい勝利(被害のない勝利)は大勢を決してから戦うものです。

 教養 ※秋毫=シュウゴウ。秋毫とは細い毛で秋の毛は特に細い、つまりは軽さをしめす(張預の注)。

※忒=トク。たがう、うたがう、かわる、ちがい。

※道=まず自らを修めて勝ちの道とする(曹操の注)。道とは仁義のこと(杜牧の注)。用兵を修める(賈林の注)。

※法=法制のこと(杜牧の注)。ここでは下記の五つの事柄を指す(王皙の注)。賞罰(賈林の注)

※政=まつりごと。道筋をととのえる。銀雀山漢墓の竹簡孫子では政でなく「正」

地度を生じ度量を生じ量數を生じ數稱を生じ稱勝を生ず

兵法、一曰度、二曰量、三曰數、四曰稱、五曰勝。地生度、度生量、量生數、數生稱、稱生勝。

兵(用兵)の法は、一に曰く度、二に曰く量、三に曰く數、四に曰く稱、五に曰く勝。地は度を生じ、度は量を生じ、量は數を生じ、數は稱を生じ、稱は勝を生ず。

 要約 【まとめ】緻密な計算から勝ちを導き出します。

 活用 【活用ヒント】とくになし。

 教養 ※~を生じ=~の問題・考えるべきことを生じるという意味にとります。

※兵法=銀雀山漢墓の竹簡孫子では単に「法」

※地=地形のこと(曹操・梅堯臣・何氏の注)。

※度=尺(ものさし)で測る(王皙の注)。土地をはかること(杜牧・賈林の注)。

※量=枡で測る。杯に汲んではかる(杜牧の注)。倉の糧をはかる(賈林・王皙の注)。

※數(数)=数え測る(賈林の注)。

※稱(称)=比べ測る(賈林の注)。

※勝=勝ち負けを測ること(曹操の注)。

勝兵は鎰を以て銖を稱るが若し

故勝兵若以鎰稱銖、敗兵若以銖稱鎰。勝者之戰民也、若決積水於千仞之谿者、形也。

故に勝兵は鎰(重い)をもって銖(軽い)をはかるがごとく(行うに易い)、敗兵は銖(軽い)をもって鎰(重い)をはかるがごとし(行うに難しい)。勝者の民を戦わしむるや、積水(ためた水)を千仞の谿に決するがごとき者は、形なり。

 要約 【まとめ】安定した勝ちをおさめるには、圧倒的な力で攻めることです。

 活用 【活用ヒント】安定した勝利のためには圧倒的な力・勢いを形づくることです。

 教養 ※鎰=イツ。重さの単位で二十両(李筌の注)。鎰銖は重い軽いを明示している(王皙の注)。鎰は二十両で銖はその二十四ぶんの一(張預の注)。

※銖=《漢書・律歴志》では24銖が1両とされています。

※積水を千仞の渓谷に決する=仞は長さの単位で、一仞は八尺、勢いのあるさまをしめす(曹操・李筌らの注)。晋(西晋)の杜預が呉(孫呉・東呉)を破竹の勢いでやぶったような様をさす(李筌の注)。仞は八尺《説文解字》。新の王莽がさだめた《新莽嘉量》の一尺は23.09cmほど、八尺=一仞なら184.72cmほど。三国時代の魏尺《正始弩尺》の一尺は24.30cmほど、八尺=一仞なら194.4cmほど。千仞であれば前者は23090cm=約2.3km、後者は24300cm=約2.4km。

※形=軍形(梅堯臣の注)。

曹操注(魏武注)本文と訳

形篇
※ 曹操曰、軍之形也。我動彼應、兩敵相察情也。

曹操曰く、軍の形である。我が彼(相手)に応じて動くとき、敵もこちらの情況を察するものである。

不可勝在己、可勝在敵。
※ 曹操曰、自修理、以待敵之虚懈也。

曹操曰く、自らの理を修め、以て敵の虚(スキ)と懈(なまけ)を待つものである。

 教養 ※ 清の孫星衍の平津館魏武注本では曹操曰の下に「守固備也」または「守備固也」が挟まれます。守を固め備える、守を備え固める。

故曰、勝可知、
※ 曹操曰、見成形也。

曹操曰く、形を成してあらわれるものである。

而不可爲。
※ 曹操曰、敵有備故也。

曹操曰く、敵に備えあればゆえである。

不可勝者、守也。
※ 曹操曰、藏形也。

曹操曰く、形をかくすものである。

 教養 ※藏=蔵。ここではかくすと解釈します。

可勝者、攻也。
※ 曹操曰、敵攻己、乃可勝。

曹操曰く、敵が己を攻めるとき、すなわち勝つべし。(敵がこちらを攻めてきたら、そこで勝つ)

守則不足、攻則有餘。
※ 曹操曰、我所以守者、力不足也、所以攻者、力有餘也。

曹操曰く、我が守るゆえんは、力が不足しているときであり、攻めるゆえんは、力が余り有るときである。

善守者、藏於九地之下、善攻者、動於九天之上、故能自保而全勝也。
※ 曹操曰、因山川、丘陵之固者、藏於九地之下、因天時之變者、動於九天之上。

曹操曰く、山川に因り、丘陵を固める者は、九地の下にかくれ、天の時の変に因るものは(天の時の変化に応じるもの)、九天の上に動くものである。

 教養 ※變=変。

見勝不過衆人之所知、非善之善者也。
※ 曹操曰、當見未萌。

曹操曰く、萌(きざし)を見せぬうちにあたるものである。

 教養 ※當=当。

戰勝而天下曰善、非善之善者也。
※ 曹操曰、爭鋒也。

曹操曰く、争いの鋒(ほこさき)である。(目立つ部分の意)

故舉秋毫不爲多力、見日月不爲明目、聞雷霆不爲聰耳。
※ 曹操曰、易見聞也。

曹操曰く、見聞きが易いものである。

古之所謂善戰者、勝於易勝者也。
※ 曹操曰、原徴易勝、攻其可勝、不攻其不可勝也。

曹操曰く、勝ちやすい原(源)をもとめれば、勝つべきときに攻めて、勝たざるべきときに攻めないものである。

故善戰者之勝也、無智名、無勇功。
※ 曹操曰、敵兵形未成、勝之無赫赫之功也。

曹操曰く、敵兵が形を成さないときは、はなばなしい功も無く勝つものである。

 教養 ※ 清の孫星衍の平津館魏武注本では「敵兵形未成」の部分が「敵兵形未形」となっています。

不忒者、其所措必勝、勝已敗者也。
※ 曹操曰、察敵必可敗、不差忒也。

曹操曰く、敵の必敗を察し、その差を間違えぬものである。

是故勝兵先勝而後求戰、敗兵先戰而後求勝。
※ 曹操曰、有謀與無慮也。

曹操曰く、謀りあることと慮(思慮)がないこと(の比較)である。

善用兵者、修道而保法、故能爲勝敗之政。
※ 曹操曰、善用兵者、先自修治、爲不可勝之道、保法度、不失敵之敗亂也。

曹操曰く、善く兵を用うるものは、まず自らをおさめ、勝つべからざる道(敵が自分に勝てない情況)と為し、法度を保ち、敵の敗乱を失しないものである。

 教養 ※亂=乱。

五曰勝。
※ 曹操曰、勝敗之政、用兵之法、當以此五事稱量、知敵之情。

曹操曰く、勝敗の政、用兵の法とは、この五事をはかるをもってあたり、敵の情を知るものである。

 教養 ※稱=称。ここでははかると解釈します。

地生度、
※ 曹操曰、因地形勢而度之。

曹操曰く、地(地形)に因って形勢をはかるものである。

量生數、
※ 曹操曰、知其遠近、廣狹、知其人數也。

曹操曰く、その遠近・広い狭いを知り、その人数を知るものなり。

 教養 ※廣=広。※數=数。

數生稱、
※ 曹操曰、稱量敵孰愈也。

曹操曰く、敵のいずれかのこたえをはかるものである。(なにをすべきかわかる)

 教養 ※ 清の孫星衍の平津館魏武注本では「稱量敵孰愈也」が「稱量己與敵孰愈也」になっています。己と敵のいずれかのこたえをはかるものである。

稱生勝。
※ 曹操曰、稱量之、故知其勝負所在。

曹操曰く、これをはかり、その勝負のありどころを知るのである。

敗兵若以銖稱鎰。
※ 曹操曰、輕不能舉重也。

曹操曰く、軽きで重きをあげることはできないということである。

勝者之戰民也、若決積水於千仞之谿者、形也。
※ 曹操曰、八尺曰仞。決水千仞、其高勢疾也。

曹操曰く、仞は八尺である。水を千仞に決するとは、その高き勢いに疾するもの(高いところから落とした勢いはとてもはやい)である。

 教養 ※仞の長さ=曹操の言うとおり仞を八尺と定義して考えます。新の王莽がさだめた《新莽嘉量》の一尺は23.09cmほど、八尺=一仞なら184.72cmほど。三国時代の魏尺《正始弩尺》の一尺は24.30cmほど、八尺=一仞なら194.4cmほど。千仞であれば前者は23090cm=約2.3km、後者は24300cm=約2.4km。曹操がどちらを引いたとしても千仞の谷というのはものすごーく高低差があるところを指している事がわかります。

 教養 ※ 清の孫星衍の平津館魏武注本では「其高勢疾也」が「其勢疾也」になっています。その勢いははやい。

(5、勢篇につづく)